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第6幕第3場「サイマン・クランスター」
空中で落ち合う回廊の下から見上げると、友人の後ろ姿にようやく出会う。サイマンは気配を殺して近づいた。
彼のほうが気づくまで、いつも自分から声をかけないでいた。人の顔を見ると途端に愛想の仮面に素顔を隠してしまう彼の、誰に見せるはずのない姿を捉えたくて。
――――夜の湖底に浸る瞳には、研ぎ澄まされた純真の陰に矛盾を綾なす罪の昏さを秘めている。幼げな柔らかさをもつ榛色の髪が縁取る横顔は、真夜中に降る雪のように白い肌を薄っすらと纏い、巧みなうねりを描く唇だけが血に騒いで薔薇色に染まる。無駄な肉のない体は細く、甘い蜜のような嬾惰が内側から滲み出しているかのよう。
あたかも、亭主に厭きた気怠い年嵩の女や、地位と財力のある男の日曜の夜の情人を務めるために誂えられたような、美貌の少年。
グノーズとはそういう被造物だった。
形のよい顎がぴくりと震えた。蝶をピンで留めたようなピアスが横髪の合間に一瞬だけ覗く。サイマンが口惜しさを覚えた僅かの間のうちに、すでに彼の頬には含みのある微笑が浮かんでいた。厚みの少ない腰を捻り、体ごと振り返る。
「おはよ、サイマン」
黒い細身のリボンを結んだ白い首。フェイクレザーのパンツがぴったりと纏わる華奢な太腿。露わな手首に並ぶ丸い天然石の列に、サイマンは視線を逃した。彼を直視しづらい言い訳のためにだ。
友人のその風情は、まるで娼婦だった。一体これからどこの客が迎えに来るのか気が揉まれるので、やめてもらえないだろうかとサイマンは願った。一刻も早く白衣を着てほしいなんて言うのを堪えて、独りで廊下に佇んでいる彼の周囲を見回す。
「イフェニスは?」
グノーズはサイマンの視線を導くように目を上階へ向けた。その先は街の中央に屹立する巨塔で、組織の幹部たちの領域だ。
彼の横顔を窺うと、薄い皮膚の下には焦りに近いものが透けて見える気がした。
「幹部の人に呼ばれて行ったらしいんだけど……戻ってこないんだよな……」
彼がそう答えた時、階段の向こうから人の姿がぬっと現れた。人影は複数あったが、その中にイフェニスがいる希望は直感の中に見当たらなかった。
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