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地上へと下りてきたのは、暗赤色の襟のジャケットに金のタイピンを挟んだ組織のスタッフが三人。そして――――
「ルクリースさん……」
響きの低い、けれど音自体は低くない声で、グノーズは幹部の名を呟く。細い眉が苦痛を覚えたかのように微かに顰められた。
ルクリース侯爵は直前までスタッフと話していたようだが、グノーズの姿を認めて口を噤んだという様子だった。白衣のポケットの中に手を滑らせて、スタッフの一人に目配せをする。
赤襟のスタッフは心得たようにサイマンの脇を掠めた。
「彼について行きなさい」
放るような言い方だった。他に言うべき事があるだろうに何ひとつ教えてやらないで、ルクリース卿はそう命じた。
グノーズは逆らいこそしなかったが、黙従することもなかった。
「ルクリースさん、ウェントランドさんは?」
ルクリース卿はグノーズには取り合わず、温度のない声で繰り返す。
「そのスタッフについて行け、オーカー」
「イフェニスはウェントランドさんと話をさせてもらってるんですか?」
スタッフはフロントへ下りる階段の途中で足を止め、後をついて来ないグノーズを振り返った。溜め息をつきたいような素振りで瞼を半ば伏せて、ルクリース卿は残りのスタッフに命じる。
「連れて行け」
サイマンは唖然として見ていた。スタッフのもう一人が素早く歩み寄ってグノーズの腕を捕らえる。後ろに傾ぐ体を支えて足を踏ん張った彼は、しかしスタッフの手を振り解こうとはしなかった。
「ルクリースさん」
もう一度そう呼んだだけで、グノーズは引き立てられるまま階段を下りていく。
「グノーズ」
友人の名を呼ぶ以上には何も手出しのできないサイマンを、ルクリース卿は見下ろした。サイマンはもの恐ろしいような予感を抱いて振り返る。
しかし、目を合わせた時の侯爵からは、つい先程まで纏っていた冷淡な態度は消えていた。彼は静かにサイマンと同じ高さに降りてくると、説き伏せるような口調でこう言った。
「すまないな、彼らは学会の準備で忙しくなる……。来月からまた講義が始まるだろう? こちらの都合で申し訳ないが、研修は終了だ。落ち着いたら連絡しよう」
夢にも思っていなかった事を聞かされて、サイマンは衝撃の実感がない衝撃を受けた。
「あの――」
「暑い季節に連日大変だったろう? 学期が明けるまでいくらもないが、休養をとって。クランスター伯爵と令夫人によろしく伝えてほしい」
グノーズに対する冷徹な態度とは無縁なくらい、彼は丁寧に別れを告げた。残った最後のスタッフに見送りを言いつけて、回廊の向こうへ立ち去る。
サイマンは呆然として立ち尽くし、遠くなる彼の足運びを見つめていた。
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