第6幕第4場「アフタヌーンティー」

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第6幕第4場「アフタヌーンティー」

 山査子の垣根に守られた庭園の中に建つ、青い三角屋根のクランスター邸。館を抜けて中庭に通されたローレンス氏の元へ、夏の気配を残した空が羊雲と共に涼風を導いてきた。薔薇の植え込みを彩る葉のあいだには鈴なりになった実が色づきはじめて、中庭はまるで色とりどりのビーズをばら撒いたかのようだ。  蔦が這い登るアーチの下、明るい色のデイドレスに身を包んだクランスター令夫人が、苔色のウエストコートを着た下の息子と飼い犬達を連れて出迎えに現れた。  絹のレースで縁取られたパラソルの影の中で、彼女は丁寧な薄化粧を施した顔に気品のある微笑を浮かべた。少し余所行きの、けれど感じのいい表情であった。 「ようこそお越しくださいました、ローレンス様、ヴァルドロン様」  仕事の時よりもいくらか寛いだ服装のローレンス氏は、義兄のヴァルドロン卿と娘のレンヌを伴っていた。挨拶に代えて笑んで見せ、庭を大きく一巡見渡す。 「また見事に手入れしていますね。前にお伺いした時は、紫陽花が咲いているのをティールームから拝見しましたが」 「庭はすっかり衣替えしても、まだまだ陽射しが強くて辟易してしまいますわ」  父についてきたレンヌは頭の上で交わされる会話に紛れて令夫人から目を外した。彼女の目配せを受けて、マンヴリックが犬達のあいだから一歩出る。 「よ」 「やあ、このあいだぶり」  視線で庭の中を探すレンヌ。花を見ているという様子ではなかった。いったい彼女が誰の不在に首を傾げているのか、言われなくてもよくわかり、マンヴリックは苦い薄笑いを頬に零した。 「日影に入ってお話しましょう? どうぞこちらへ。美味しい紅茶がありますよ」 掌で四阿(あずまや)を示し、クランスター令夫人は来客を導いた。  庭に建てられた小さな四阿の下にはクッションを敷いたガーデンチェアが三つ、それから部屋から運び出してきた寝椅子が茶卓を挟んで並べてある。平たい銀のプレートには焼き菓子と、落ち着いた小花柄のティーセットが用意されていた。  屋敷の女主人アンナ C.リタインが自ら人数分の紅茶を注ぐ。透き通るルビー色の水面からほんのりと漂う柑橘の香りが、爽やかな空気に彩りを添えた。 「先日は本当に、息子たちがお世話になりまして」 「いえ、僕も彼らと話ができて、楽しませていただきましたよ」 穏やかに応じるヴァルドロン卿に、続けてアンナはこう尋ねた。 「あなたは、今日は娘さんは連れていらっしゃらないのね?」 「一緒に連れてくるとやかましいんで。この美しい庭を戦場にしては、なあ?」 父にそう揶揄われてレンヌは言葉を詰まらせると、彼を怨めしそうに睨んだ。不貞腐れた娘の表情を眺めて、ローレンス氏は喉の奥を鳴らして笑う。 「レディに向かって言う台詞ですか、父上」 「規模はどうあれ犬と猿だからな、お前たちは」 アンナは手を口元に添えて笑った。貴婦人に相応しい品の良さを保ったまま、彼女は打ち解けた言葉を口に出した。 「嫌だわシェリ。レンヌちゃんが可哀想じゃないの」  そう言ってくすくすと笑う母を見て、この機会にローレンス氏が訪ねてくれてよかったとマンヴリックは思った。彼女が伯爵家に嫁いでくる前から親交のある友人というのは、身近になかなかいないのだった。 「ローレンスさんのお名前、そういえばサンファブラン風ですね」 ローレンス氏は椅子の上で脚を組むと、目を細めてマンヴリックを眺めた。 「ああ。呼ぶのが恥ずかしいって散々言われるな」 マンヴリックはへらへらと人懐こい笑顔を彼に向けた。 「じゃあ、シェリさんて呼んでもいいですか?」 「もちろんだとも。呼び捨てでもいい」 「それはさすがに」
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