第6幕第4場「アフタヌーンティー」

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 マンヴリックは無言のうちに考え巡らせた。兄が父と顔を合わせたくないのなら、恐らく彼の友人に原因があるのだろう。初等部から計三度の飛び級を経てどの学科も毎年首席か次席を取り逃がしたことがなく、賛辞は聞かれても不品行な噂などひとつもない、他人(ひと)に羨まれる「完璧な息子」を持った父が長男のあまり手広くない交友関係に口を出したのは、自分が知る限りグノーズ・オーカーに関してだけだ――そんなことを考えた時、ある事を思い出してマンヴリックは声を高めた。 「そうだ、サイマン! 訊こうと思ってて機会がなかったんだ、あれからグノ――」 ゴス、と、鈍い音が言葉を遮る。目の前に火花が散った。  サイマンの肘がマンヴリックの脳天を奇麗に突いていた。怪訝な顔をして見守るアンナの前で、マンヴリックは癖毛頭をひしと抱え込んで蹲る。  おかげで胃痛は吹き飛んだ。 「悪い、マンヴリック、咄嗟で」  思わず取った行動に自分でも驚いて、サイマンは狼狽えながら謝るという彼には珍しい反応を見せた。声なき悲鳴を上げて痛みが引くのを待っているマンヴリックの腕を、椅子のあいだから持ち上げる。 「すみません、こいつ借りてきます」 サイマンはマンヴリックを引き摺って四阿の影から出た。失礼、とアンナに片手の掌を見せてローレンス氏も席を立つ。レンヌまで兄弟を追おうとするのをヴァルドロン卿が慌てて引き止める。  興味津々という彼女の表情をローレンス氏の肩越しに見つけて、サイマンは眉間に皺を寄せた。もはや美味しい紅茶や菓子は世界の端から転げ落ちていた。  そうしているあいだに、唇を結んで見ていることしかできなかったアンナが膝の上に揃えた諸手を滑らせて腰を上げた。毅然とした態度が表れた彼女の顔を、ヴァルドロン卿は困惑して見上げる。 「ここを使ってちょうだい。私が席を外します」 彼女を気遣ってヴァルドロン卿が口を開きかけると、アンナはそれを掌で制した。緩くうねった髪を揺らして、首を横に振る。 「盗み聞きなんかしたくないわ。サイマン、解決したら教えてくれるのよね? お父様ともいつかお話してくれるでしょう?」  思えばこの頃久しく直視していなかった母の目を見て、サイマンは胸の辺りが石を積んだように重たくなるのを感じる。 「あなたの気が向いた時に聞かせてくれればいいわ。それまで待ってるから、思うようになさい。最善を尽くして、悔やむことのないように」  広い袖から伸びた腕に絹一枚かけないで、アンナは日向に出ると、そのまま屋内へ消えていった。彼女の飼っているパピヨンが主人の後を追って短い足をせかせか動かす。  息子のために堪えた彼女の思いを無駄にするまいなどと殊勝なことをローレンス氏が考えたわけはなかった。サイマンの腕を取って、マンヴリックごと日影へ引き寄せる。 「テリー、彼女のそばにいてやってくれるか? レンヌも連れて」 「だっ……父上!」 「お前はお喋りだからなぁ」 あしらわれるレンヌを引き摺って、ヴァルドロン卿はアンナの後を追った。扉の閉まる音が抵抗の声を吸い込む。  急に静まり返った中庭からは、梢の小鳥たちすら退散していった。  マンヴリックは涙がちになった目で兄を見た。サイマンは、色々なものが混在してかえって何も絞り出せないような顔をしていた。 「……家でグノーズの名前を出すなよ」 「な、なんで? 父さんいないじゃん」 「母さんに聞かれると彼女の口から伝わるだろ」 「それで……グノーズとイフェニスは? どうしてるの?」 マンヴリックがそう尋ねた時、飴色のテリアが彼の足元に寄ってきてしきりに尻尾を振った。サイマンは小犬の背に目を落とした。しばしの逡巡のあと、口を開く。 「――――今日の学会、出るらしい」  マンヴリックは兄の言葉を伝えるようにローレンス氏に目配せを送った。彼が今回ベルントリクスにやって来たのは、アンナの気慰みのためではなくて今次の学会に出席するためだ。  サイマンは唇を結んだまま、彼に何を頼みもしなかった。引けない場所に足を踏み入れることを決めかねているかのようなその顔つきをしばらく眺めて、ローレンス氏は胸ポケットから時計を取る。  学会は今夜。もう研究都市へ発たねばならない。
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