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第7幕第2場「遺児」
「あ。このあいだよりうんと重たい」
薄い曲線を描く細い両腕。慣れない手つきが傍目には危うくさえあったが、赤ん坊は彼の腕のために誂えられたかのように小さかった。
外界への興味のために瞳を引っ切りなしに動かしている赤ん坊は、父親の容貌に似たものを受けてとても可愛らしかった。薔薇色のまろい頬を見ると、きっと多くの人に愛されるだろうと思えた。
「まるで今から慌てて人間になろうとしてるみたい。早く生まれてき過ぎたからかな」
末恐ろしいほどの知識のなさを憚ることもなく、グノーズは無邪気に言った。生後間もなく神の元へ帰ろうとしていた赤ん坊に、彼はその日何度でも問いかけていた。 どこから来たの、と。
一歩離れたところから彼らを眺めていたシェリは、思わず苦笑を漏らした。
「普通はそうやって急に体重が増えるんだ。でも、よかったな。あとは食べるものさえ与えとけば、でかくなるだけならでかくなる」
酷いな、と可笑しそうに微笑うと、グノーズは産着の中から布の小物のような手を取って、その指に唇を落とした。産着から覗く子供の腕には、血管に針を挿した時の傷痕を隠すためにガーゼが当てられている。その傷の上に祈りを捧げるように瞼を伏せた少年の面差しは、世界中のどんな父親より美しかった。
背の傾いだガーデンベンチに身を預けた彼。新芽の吹く木々や色とりどりの花々を青白い日陰の中から眺め、麗らかな微風の音に耳を傾ける。
シェリが後ろから歩み寄ると、そのとき不意に、グノーズは瞳を曇らせた。
「ねえローレンスさん。こんなにずっと一緒にいなくて、この子、俺がパパだって思うのかなぁ……」
それは当然の危惧であったろう。大丈夫だと、そう言ってやれば彼は幾らかでも安心できるのだろうか。そう思いながら決心がつかずに、シェリは曖昧に微笑って見せた。
「名前、どうするんだ? いつまでも迷子の羊?」
「ローレンスさんがつけてあげてよ」
なんで、と、シェリは微笑を零して返した。
「俺がつけるよりきっといいよ」
そう答えた少年は、子に名を与えることで己の呪わしい運命を引き継がせてしまうような気でもしたのだろうか。シェリは赤ん坊の頬に手の甲を触れた。 その吸い付くような柔らかさに、茨の道など似合いようがなかった。
「どんなのがいい?」
「なんだっていい。きっとどんな言葉より素敵に聴こえるはずだから……」
まだ耳にしていない名の甘美な響きに浸るかのように、彼は赤ん坊の髪に唇を埋めた。
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