第7幕第2場「遺児」

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 兄弟と言って通じるほどの年齢差しかない親子だった。彼らを見守っていたシェリは、踵を返し、柱際にもたれて彼らを見るともなく見ていた黒髪の男に近づく。その視線を手繰るように、すぐそばで足を止めた。 「お前は知ってるんだろ。本当のことを」  男は、音のない溜め息をゆっくりとついて、柱から離れた。デッキに用意された水差しからグラスに水を移すと、香りづけの糖液を一滴その中に垂らして寄越してくる。毒でも入れてあったら冗談にならないとは思ったが、旧い親友を疑うのは気が咎めて、シェリはグラスを渋々受け取った。  男は自分の分も同じように作っていた。彼は水の中で糖液が陽炎のように揺らめく様を、それが底へ沈むまで見つめていた。  やがて蛇のようなその金色の目をシェリに向ける。グラスをくいと持ち上げて、冷水の上っ面を喉へ流し込んだ。 「報道させた内容は真実だ。事実と真実が一致する保証は請け負いかねるがな」 「メレディス……」 驚嘆と批難とを含んだ声でシェリがその名を重く響かせると、黒髪の男は逆に批難を撥ねつけて返す目でシェリを睨んだ。 「今更といえばお前も今更だ。随分やかましい男になったな」 「私は元からよく喋る人間だろ。話を逸らすな」 片手を腰に当てて真顔で答えたシェリに、男は目尻を下げて撫然とした。 「オーカーは、ローレンシアには売らん。仮にお前が魔石を持ち出して、他の十二人の目が眩んだとしても。買えたところでお前にも籠と鍵が必要になるだろう。文字通り、地に足のついていない奴だからな」  彼の意見に賛同するのは癪だが、その比喩は的確ではあった。背中に翼を生やしたようなところのある少年は、地面の上で大人しくしていることができない性分だった。  彼はどこへでも飛んでゆけた。そして一度止まり木に休んでしまえば、たとえその枝がささくれていて居心地がよくなかったとしても、飛び立つ覚悟のできない臆病な小鳥でもあった。 「閉じ込める必要なんかない。どこへ行っても必ず帰って来てしまう……そういう子だ」  シェリはグノーズを見た。二つの死が折り重なる屍のように圧しかかる胸の上に赤ん坊を乗せたまま、彼はいつの間にか大きなベンチの背に首を傾けて微睡んでいた。部屋へ入るようにシェリが声をかけても、返事だけはするもののなかなか腰を上げない。  シェリがグラスを置いて赤ん坊を掬い上げようとすると、彼は両腕で抵抗して上目遣いにシェリを睨んだ。膝が痺れたのか苦労してベンチから身を起こし、赤ん坊を落とさないように抱え直して、目の痛いほど真白い壁にくり抜かれた扉の向こうに消えた。  喉を鳴らして呑み込んだ一口からは、甘い薔薇の香りがした。少年の後ろ姿を見送って、シェリは言葉を続ける。 「グノーズが望まないなら、研究者を続けさせるつもりもない」 黒髪の男は試すような目をしてシェリを見た。 「そんな私情で魔石を手放せるものか」 シェリは口を噤んで、何も答えなかった。
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