第7幕第2場「遺児」

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 ――――二度目に少女の姿を目にしたとき、シェリはどうしてかそんなことを思い出した。  二年前の厳寒の日のことである。降誕祭の晩、大聖堂の身廊が乳香の酸いような香りに包まれたまさにその時、昼公演(マチネ)の後が残る暗闇の小舞台で、ひとりの女優が最後の役を演じ遂げた。血に彩られた死の仮面をその美しい眉目に貼りつけて、硬直した口元は喜悦の形に歪められていた。  法衣の裾に血を跳ね上げながら辺り構わず怒鳴り散らす男と、女の傍らに崩れて、身動ぎひとつしない少年。彼らを見つけた時、神の足元であるまじき家庭劇が演じられたことをシェリは悟った。  咄嗟に腹を庇って倒れていた女はすでに事切れていたが、彼女が宿していた子は一命をとり止めた。ベルントリクスの医療チームの手ですぐさま引きずり出された胎児は辛くも未熟児を一歩脱していたが、それでも針と管とに繋がれて三ヶ月も生死の境を彷徨った。  それがやっと自力で栄養を摂り、体重が急激に増え始めた頃には、もう季節が移り変わろうとしていた。  ベルントリクスに産み落とされた幼子。そして彼の傍らに寄り添っていた蒼い瞳の少女……――彼はすでにこの地に錨を下ろしていた。そして、それは彼の力では到底引き上げられる重さではなかった。  少女の隣に立つ黒髪の男と思い掛けず目が合う。シェリは、誤魔化すように視線を辺りに巡らせた。
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