第7幕第3場「劇中劇」

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第7幕第3場「劇中劇」

 今年度最後の学会の舞台になったのは、ベルントリクス本部の大会議室だった。先日ローレンシアが呼ばれた時と同じ、対の蛇のタペストリーが掛かった大部屋である。  ローレンシアとベルントリクスの代表団の他に、零細企業からの使節、学士院に所属している学者たち。学界の関係者の他にも出資者に招待された物好きな貴族や報道関係者が犇いて、空席は荷物置き場にされている僅かな席しか見当たらない。議場を見渡しやすいよう敢えて壁際で立ち見している者もいて、大会議場はさながらオペラハウスだ。  出席が確実な人間は指定席がないわけではないが、ローレンシアは今回その席を他の組織に譲った。この学会の主目的をすでに知っているからだ。連れてきた若手の研究員たちを前方の席に座らせると、シェリは娘と執事の男だけを伴って、二階桟敷の中央から議場を見下ろしていた。  学会は二者間の会合の時と人数が違うだけで、何ら変化のない進行であったと言ってよい。聴衆はあの日のローレンシア代表団と見事に同じところでどよめいて、シェリは見飽きた芝居に辟易して仏頂面をしていた。  異変はなんの前触れもなく訪れた。学会の途中から議場に姿を現したウェントランド公爵が、魔力機関の開発者としてその少女を連れてきたのだ。  少女は自ら望んで聴衆の前に出てきたという様子ではなかった。広い議場のあらゆる席から猜疑と驚嘆の眼差しを浴びせられて、狩場の仔兎のように足を竦ませる。  ウェントランド卿が腕を引いてようやく、彼女は議場の中央に用意された椅子に浅く腰掛けた。  魔力機関の基礎構造が完成したという報告を除けば、彼女の登場は学会にここ一番の動揺をもたらした。多くの研究者を苦しめてきた課題を若干十五歳の少女が完成させてしまう――しかし、この状況は魔力機関開発が初めてのことではなかった。グノーズ・オーカーがかつて二度も見せた奇跡、その三度目を演じたのがイフェニス・アレンダルだったのだ。  人々の好奇の焦点に座らされ、凍りついている少女は、貴族の娘に贈られる人形のように秀麗で、かつてのグノーズの姿に重なって見えた。 そして、いま押し潰されそうな孤独を彼女に与えているその一人が自分なのだと、シェリは意識した。 「アレンダルなぁ……なんか、研究者って感じがしないな」  そう独り事を漏らして、レンヌは頻りに首を傾げたり眉を顰めたりした。彼女は議場のやりとりには構いつけず、開発者の観察に集中していた。  よほど仕事熱心な学者でもない限り、この場に集まったほとんどの人間の関心事は間違いなく少女のほうにあったろう。議題にもならないような一方的な報告は、後で学会広報として纏められたものを読むほうがはるかに理解しやすい。 「――――お前は入るな、許可が下りてない……」  議場の雑音に紛れる舞台袖の問答。その響きに切迫したものを感じて、シェリは声の出所を探した。議場の者達も次第にそれに気づく。場を支配していた集中力は、糸のようにふつりと途切れた。
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