第7幕第3場「劇中劇」

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 乱暴な物音が議場の注意を攫った。破られるように開いた扉から会場のスタッフが倒れ込む。  長い脚を下ろす白衣の少年。床に尻餅をついたスタッフの膝を跨ぎ越して入ってくる彼を見た時、俄かに議場に波が立った。新たな役者のその顔に、ベルントリクスの幹部席からは非難めいた溜め息が漏れる。  ただひとり、見世物の少女だけが大きな瞳を喜色に瞠った。  険のある顔つきをした少年は、前の開いた白衣のポケットに両手を隠したまま足早に段差を下りて、中央の開けたスペースへ転がり出てきた。濡れたようにも見える艶やかな髪の纏わる首を大きく滑らせて、辺りを見渡す。それはまるで、舞台上から観客に訴えかけるような眼差しだった。 「ルクリースさん、伝えてくれるんじゃなかったんですか?」  彼の目が次に捉えたのは幹部席の中にいる一人だった。涼しい表情を崩さないその男は何も答えず、椅子の背におもむろに背中を沈めてネクタイの形を直した。少年は突き刺すように息を床へ吐き捨てると、またすぐに顔を振り上げた。  彼の睥睨の先には、少女の前に立ち塞がったウェントランド卿がいた。少年の足が前へ踏み出す素振りを見せると、組んでいた腕を半ば解き、議場の脇に控えて状況を窺っているスタッフを顎で使う。 「表へ放り出しておけ」 少女が縋るように公爵を見上げた。スタッフがふたり駆け出てくると、少年の腕を左右から捕らえる。 「ウェントランドさん!!」 シャンデリアの熱帯びた光の下で、あらゆるものが陰影を深めていた。塗り分けたような光と影に描き出され、少年の整った体が殊更に際立つ。彼はスタッフの制止の中でもがくように前傾した。  胸元のネクタイを無意識に握り締めて少年を見つめる少女に注意を配りながら、ウェントランド卿は彼を見下ろした。 「街へ下りていいから暇を潰してこいと言われなかったか?」 まるで我が侭な子供をあしらうような物言いだった。少年は声を荒げる。 「話が違います! 返してくれるって言ったじゃないですか! あなたがそう言ったからイフェニスは従ったのに!!」 憤怒に高まる声が、段差のついた天井にきつい余韻を残して響く。シェリは席から身を乗り出して、喧噪の中から彼らの会話を正確に聞き分けるべく耳を澄ましていた。しかし核心的な言葉は伏せられて、話は見えない。  蒼白い顔を苦しげに歪めていた少女は、布切れのように椅子から滑り落ちた。床の上に蹲る少女の姿に少年は怯んだように見えた。その隙にスタッフは彼を扉へ引き摺る。 「ウェントランドさん! ――イフェニス!!」 悲鳴に近いその声に眉を顰めないのは、幹部たちを除いては双頭の蛇の横顔だけだった。  少年を吸い込んで、扉は再び閉ざされた。ウェントランド卿は、今し方の出来事が想定内の一幕であったかのように落ち着き払っていた。他の幹部に目配せをすると、彼らが場を取り仕切るあいだに少女の細腕を掬い上げた。  間もなくして休憩時間が設けられる旨が議場に伝わった。多くの出席者がなかなか出てゆかない大会議室から、ベルントリクスの幹部たちだけが早々に退室しはじめる。少女を伴った公爵の姿は、押しかける報道陣とバリケードを張る警備員たちの向こうに呑まれて消えた。  通例の学会では大概途中で居眠りに徹してしまうくせに、レンヌは珍しく目を見開いて、両肘に肩を乗せてずっと議場に見入っていた。大きく息を吸い込むと、座席の背に倒れ込む。 「いつもの学会じゃ何もなさ過ぎるくらい何にも起こらないのに! なんだ今の? なんだか妙なような……」 娘の口から零れた疑問を耳にして、シェリは内心で心臓を握り押さえた。旧友と少年のあいだに行き交ったように見えた空気は、かつての彼らにあっただろうか―― 「……父上?」 「なんでもない。さあ立って、外の空気を吸いに行くぞ」 不承不承と腰を上げるレンヌを先に歩かせて、シェリは桟敷席を出る間際にタペストリーを振り返った。  予感めいた震動が空気を揺らした直後、大きな鐘の音が壁伝いに響いてきた。大時計の仕掛けに注意を奪われ、視界の端で対の蛇がぼやける。その時、絡み合う彼らの秘密を覆い隠した装飾が消えたかのように見えて、シェリは勃然と首筋が湿るのを感じた。
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