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第8幕第1場「煙雨」
稜線の向こうに遠く仄明かりが映る頃になって、雨は突如として降り出すと、瞬く間に天の蓋が開いたかのような嵐になった。地面を露台をと構わず叩きつける飛沫の音が、鎧戸を貫きそうに絶え間なく続いていて、理由もなく不安になる。少しずつ冷気が競り上がってくる部屋の空気は湿り気を帯びて、部屋の猫達が落ち着きなく毛を掻き毟っていた。
肘を乗せて寄りかかるのにちょうどいい高さのサイドテーブルの周囲には、山のような冊数の書物が積み上げられて、そこだけ要塞と化している。マンヴリックは兄の部屋を訪れて、これに腕や足を引っ掛けて本の雪崩に巻き込まれたことが幾度あったか知れない。その度に、兄は「だから危ないって言ってるのに」と呆れ顔で言うだけで、またせっせと書物の城壁を再構築するのだった。一向にこの遮断癖を直そうとしないサイマンは少し変わっているのだと、マンヴリックは思う。
書斎机と一揃いになった椅子の上で紙切れと睨み合っていたマンヴリックは、ふと目を上げて鎧戸の閉め切られた窓を見遣った。窓枠の下で、飴色のテリアが外に出たいかのように前足を壁に掛けて二足立ちしている。
「酷いね、雨……」
応えるものと言えば、スツールの上で伸びている体の長い猫が欠伸をしたくらいだった。
持ち上げた視線を部屋の中に滑らせていくと、ソファの上で腰に丸っこい猫を乗せて腹這いに寝ているサイマンを見つけた。クッションの上に本を開いているものの、表が気になって読書に集中できないようだ。
雨が降ろうが槍が降ろうが今すぐにでも研究都市に飛んで行きたいであろう彼の心境を察して、マンヴリックは手元の紙面に再び目を落とした。黒味掛かった廉価な紙切れに印刷された大きな見出しと、そして椅子に座った少女が映り込んでいる写真。
マンヴリックは寝起きの雄ライオンのような頭をくしゃくしゃと掻き乱し、首を横に振った。
「……信じらんないな。イフェニスが研究者だなんて」
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