高校の同級生

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 あの時は泣けなかった。私は婚約者と親友を一遍に失い、茫然とした気持ちで地元のイオンモールの駐車場を歩いた。大号泣するはずだったのに、なぜか一筋の涙も出なかった。今思えば、あの時は泣くより、もう地元にはいられない、どうしよう、という気持ちでいっぱいだった。  私は地元の銀行に勤めていて、当時27歳だった。役所に勤めている学生時代からの彼氏と婚約していた。しかし彼は私の親友と浮気をして、親友は彼の子を妊娠した。二人のデート現場をイオンモールで見つけて修羅場になり、私はあっさり捨てられる事になった。娯楽の少ない田舎では、こんな話がトップニュースで親世代にまで一瞬のうちに知れ渡るのだ。それに私は耐えられず、すぐさま転職活動を開始し、東京の銀行に勤める事になったのだ。    東京に行けば、仕事もステップアップし、新しい出会いもあり、素晴らしい日々が待っているのではないかと淡い期待をしていたが、現実はどこまでも地道な生活だ。同じ銀行の仕事でも、地方と東京ではビジネスのスピードや求められる知識が段違いで、休日は資格の勉強に追われ、人間関係を広げたくても学生時代から東京にいる人と違って、親しい友人などどうやって作ればいいのかわからなかった。職場と家の往復で地元にいた頃と変わらない生活をしていた。  そんな時に、もうショッピングサイトのプロモーションしかこない古いメールアドレスに、懐かしい名前の差出人からメールがきた。高校の時の同級生のなつみだ。内容は今SEの仕事をしていて、今度東京で研修があるので、その時によかったら食事でもどうかという事だった。なつみは高校でもグループが違い、卒業以来会っていなかった。同窓会でも違うテーブルだった。地元から逃げた私がどうしているかの偵察?と疑いの気持ちもあったが、資格の勉強かスーパーに行くかの地味な休日に飽き飽きしていた私は、OKの返事をした。 当日は職場の歓迎会で連れて行ってもらったイタリアンに席を予約した。価格帯や味を知らない店に入る勇気がなかったので、そのイタリアン一択だった。東京にはこんなに店があるのに、選択肢がないなんて地元にいる時と変わらないような気がした。  当日は、お互いダークのスーツで集合したが、不思議なことに高校時代と雰囲気はかわっていなかった。 「この前菜おいしいし、内装もおしゃれだし、さすが東京だね~。てか京子東京で仕事するとかすごいね!私品川駅の乗り換えで迷って、研修会場着いた時点で、ぐったりしたよ。」 「実際暮らしたら、決まった場所しか行かなくなるし、毎日行く場所は慣れてくるよ。別に東京が特別じゃなくなるね。」 「なんか今の東京人って感じでかっこいいじゃん。」 「いやいや、別にかっこよくもなんでもないよ。単に成り行きだよ。」 「え~でも東京は仕事いっぱいあるけど、競争率も高いしさ、その中でちゃんとやっていけてるのすごいじゃん。」 「そーなのかなぁ?」  私は意外だった。東京なんて人の住む所じゃない。いつ帰ってくるの?などど、上京そのものを否定的なニュアンスでとらえる人も地元には多いから、なつみにもそんなような事を言われると勝手に身構えていた。そしてなつみがグラスを置くと話題が切り替わった。 「今の地元のトップニュースなんだけどさ、なんと新婚のなぎさと独身の小田が不倫だって!LINEで回ってきたよ。みんなもうどこそこのファミレスで二人を見た、とかあることないこといって、その話題で持ちきりだよ。」 私は、へ~としか言えず、なつみの真意を測りかねていた。 「まー、この話題も年末までかな。また新しい噂が出てきたら、みんなそっちに夢中になるからね。」  その瞬間、「私の婚約破棄の事はもうみんな気にしていないよ。」と暗に伝えているのだと悟った。それとともにもう一つ疑問が出てきた。なぜわざわざそれを伝えにきたのか?特に仲良くもなかったし、大人になってからは付き合いもなかった。そして話は高校時代の思い出話に変わった。 「高校生の時、グループで私ハブられて、一人でお弁当食べてた時さ、京子のグループが入れてくれたよね。覚えてる?」 突然の思い出話に私は戸惑ったし、必死で思い出そうとした。だがそんなような事があったような気がする程度の記憶しか引っ張りだせなかった。 「あったっけ~?もう10年近く前だし思い出せないよ。」 「女子高生によくあるハブで、すぐに仲直りしたから京子のグループで食べたのは結局数回なんだけどね。」 「そっか。よく覚えてるね。」  ゆるい相槌を打ちながら、なつみが10年も前の事を覚えていた事に驚いていた。あの頃の私たちの世界は狭くて、学校の仲良しグループからハブられるなんて事は世界の終わりぐらいに辛い事だったし、一人で弁当を食べる事はとても恥ずかしい事だった。しかしあの頃からずいぶん時がたち、婚約破棄を経て上京した私には、それはすっかりちっぽけな事になっていた。私は何を思ってハブられていたなつみと弁当を食べたのか、もはや思い出せない。思い出したところで、どうなるわけでもない。だがなつみはあの時の事を借りだと思って、わざわざ東京まで返しにきてくれたのだ。 「ちょっとお手洗い行ってくるね。」と私は席を外した。    イタリアンの狭いトイレのドアを閉めた瞬間、涙が止まらなかった。気にかけてくれた人がいる事で、救われたような気がしたからだ。気がしただけで、婚約者や親友を失った事、退屈で孤独な東京ライフは何も変わりはしない。まさか10年あまり何の付き合いもなかったなつみに、泣かされるとは思わなかった。だが親友でもないなつみにこんな泣き顔を見せるのは重過ぎる。とりあえず深呼吸し、化粧を直して何食わぬ顔をしてトイレから席に戻った。そして私はなつみに、コンタクトが合わないせいで目が充血したと告げ、次の年末の帰省時には、地元で一緒にご飯を食べようと誘った。なつみは「うん、行こ~。」とのんびりとした返事をした。
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