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11
「ザッハートルテはもともとはオーストラリアはウィーンのホテルザッハーが作り出したチョコレートケーキなんだよ」
「へえ……チョコレートケーキ。これが……」
話には聞いたことがあるものの、僕はまだチョコレートの実物を見たこともなければ食べたこともなかった。
表面に厚く盛られた、恐らくチョコレートの層は予想以上に分厚くて容易にフォークが入っていかないほどだ。
力を込めて一切れ、切り出してそっとフォークを刺し、僕はそれを恐る恐る口元までもっていった。
あれほどこのケーキの登場を待ちわびていたはずの白神さんは、なぜかケーキには手を付けずににこにこと笑って僕を見ている。
「んんっ!」
ひと口、ケーキを口に入れた瞬間、先ほど香ってきたチョコレートの華やかな芳香が何倍にもなったように感じられた。
濃厚なチョコレートのねっちりとした食感、甘く華やかな風味とそれと混ざりあうふんわりとした舌ざわり。
熟した果物のような風味が一瞬感じられ、味わいをただ甘いだけでなくより奥深いものにしている。
僕は、思わず目を閉じ、もう一度開いた。
そのほんのわずかな瞬間に、書物でしか知らないウィーンの宮廷で華やかな貴族たちの晩餐会に参加しているかのような気分になってしまった僕だった。
「素晴らしいだろう?」
まるでのこの素晴らしい菓子を作った張本人のように、白神さんは誇らしげに胸を張っている。
「……はい、とても……!」
思うに、白神さんは美味しいものを食べるのが好きなだけではなく、それを他の人にも食べさせて素晴らしさを共に味わうのが好きなのだ。
「うーん。この芳醇な香り、甘酸っぱい杏ジャムのアクセント……」
白神さんもフォークでケーキの端から一切れを切り取ると優雅な所作でに口元に運び続けている。
時おり、こんもりとしたクリームの山からひとすくいをケーキにかけているのを見て僕もさっそく真似をしてみた。
綿のようにふんわりと粟立っているクリームは優しい甘さで、牛乳の味が濃く、まろやかだった。
チョコレートの濃厚な甘みとクリームの優しい甘みが混じり合い、二つの異なる甘さが完璧な調和をみせていた。
薫り高い珈琲を合間にひと口、飲めばさらにケーキの甘さが引き立つ。
鼻に抜けるような芳香を一瞬感じた後、濃厚なチョコレートケーキを頬張るのはまさに至福の瞬間だ。
白神さんは二つ目のケーキを食べ終え、珈琲を飲み干すと満ち足りた笑顔で僕を見つめた。
こんな楽しい夜を過ごさせてくれた白神さんに何とお礼を言ったらいいのか……。
「白神さん、あの……今晩は本当に」
「明朗君、今夜は家に泊って行かないか?」
僕たちが言葉を発したのはほぼ同時だった。
「えっ……泊まるって」
辛うじて彼の発言を聞き取った僕はおうむ返しに聞き返した。
「そう。だって君、今夜寝る場所のあてもないんだろう。さっき自分でそう認めたじゃないか」
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