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 急いで階段を駆け下りると、手すりやら床に溜まっていたのであろう、窓からの差す光に埃がチラチラと舞い上がるのが目の端に見えた。  うううう、う――む……と、大声ではないものの、ある種、悲痛な叫びのようなものが居間の方から聞こえてくる。 「しっ……白神さん!?」  慌ててドアを開けて部屋に駆け込んだ僕の目に飛び込んできたのは、ケットを巻いたまま、半分長椅子からずり落ちそうになっている白神さんの姿だった。  昨夜まとめていた髪は乱れ、心なしか顔色は青白く、眉根は寄せられ口元はへの字に歪んでいる。 「具合が悪いのですか? い、医者……を?」  まるで蓑虫(みのむし)のような状態のまま、もずもずと動いたかと思うと白神さんはようやく目を開けた。 「……かすいた」 「え? 今、何て……」  (かす)れた声で発せられた一言が聞き取れず、僕は白神さんの口元に顔を寄せた。  苦悶の表情を浮かべているというのに、整った白神さんの顔はこんな時にも美しく見えてしまうから不思議だ。これが悲壮美(ひそうび)というものなのだろうか……。 「お な か が す い た……。空腹で死にそうだよ、明朗君……。」 「は、ああああ?」 「私としたことが、ビスコイトを切らしてしまった……。今の私の唯一の生命線だというのに……」 「ビスコイト……ビスケット? のことですか?」  力なく、コクンと頷くと、白神さんは震える手でテーブルの上の楕円形の缶を指さした。  覗いてみると、茶色い粉のようなものがパラパラと中敷きの白い紙の上に散っている。 「洋式の台所と調理道具を嫌がってメイドが出て行ってしまってから……簡単な料理とビスケットで何とか食を繋いでいたんだよ」  片手で腹を押さえながら、白神さんはブツブツと(こぼ)した。 「それで耐えきれなくなって銀座の街に出たのが、昨日……。本当はビスコイトの買い出しもしてくるつもりが、すっかり忘れていたんだ」 「台所には直ぐに食べられるものはないんですか?」 「一昨日買った卵くらいかな……? あとは、どこかに馬鈴薯と玉ねぎもあったかも……とにかく」  ズルズルと長椅子から落ちそうになりながら白神さんは何とか椅子の上に半身を起こした。 「何か、食べなければ……。私は空腹がこの世で一番嫌いで苦手なんだ……」  病人のように力なくふらふらと立ち上がろうとする白神さんの足どりはかなり危なげだ。 「あああ、危ないですよ!」  慌てて白神さんの肩に腕を回して、その体を支えた僕の脳裏に、故郷で独逸人の知り合いから聞いた『ある料理』のことが突然浮かんできた。  馬鈴薯に玉ねぎ……卵……それにもしかして小麦粉があれば……? 「白神さん、僕は洋式の台所はほとんど初めてです。使い方を教えてもらえますか?」 「えぇ、明朗君……?」 「もしかしたら、今ある材料で一品くらい、独逸料理が作れるかもしれません」
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