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05
青年がテーブルに並べていったフォークを取り上げて、白神さんはポメスをひとつ取ると僕に目配せした。
「ハイ、いただきます……」
初めての麦酒の味に酔いしれ、いい気分になっていた僕は言われるままにフォークをとって黄色い棒状の料理に突き刺した。
中指くらいの大きさで、油で揚げているらしく、何とも言えない食欲を刺激する香りが鼻をくすぐる。
衣をつけていない素揚げの天ぷらのような感じだろうか……。
まだ熱そうなポメスの端をほんの少し齧ると、よく揚がった外側は軽い歯触で、ほんのりとした塩味がきいている。
ホクホクと熱い中身は後味がほんのりと甘く、絶品だった。
「美味しい! 今までにこんなもの、食べたことがない」
思わず大きな声でそう言うと、白神さんは満足したように笑顔で大きく頷いた。
「あのう、白神さん、『ポメス』って一体、何なんですか?」
「ああ、これはね、馬鈴薯を切って油で揚げた料理なんだよ」
「西洋料理なのですか?」
「うん、独逸語圏では『Pommes frites』と呼ばれていて、肉料理の付け合わせとして食べることも多い」
「ポメスフリット……それなら聞いたことがあります。独逸人は馬鈴薯をよく食べるそうですね」
ある知り合いの独逸人講師が、こちらではわざわざ西洋料理店に足を運ばないと馬鈴薯料理にお目にかかれない、などと雑談していたのを僕はふと思い出していた。
「おお、よく知っているね。塩茹でにしたり、団子にしたり、あるいはすりつぶして牛酪とクリームと混ぜたり……」
白神さんは軽くため息をつき、目を閉じると何か大切なことを思い出しているような様子で話し続けた。
「いろんな料理があったねえ……。中々どれも美味だった」
「白神さんは独逸に行かれたことがあるんですか?」
「うん。私は半分は独逸人なんだよ」
さらりと白神さんはそう答えるとポメスの皿にフォークを伸ばした。
「父親は日本人で津山……今でいう岡山県の出身なのだけど。母は独逸の人だったので」
パクパクとポメスを口に放り込むと今度は麦酒を煽って白神さんは満足そうに息を吐いた。
人目を惹く外見の理由が分かったことに加え、華奢な見た目にそぐわない旺盛な食欲に思わず不躾に見つめてしまったが、彼はそんなことは全く気にしていないようだった。
「さあ、君もどんどん食べ給え。飲み給え。冷めたポメスとコーヒーほど無粋なものはないからね」
「はい、いただきます!」
まだ熱いポメスの、こんがりと揚がった芋の歯ごたえと油の旨味が口いっぱいに広がる。
白神さんにならい、そのあとに麦酒を一口やると、軽く弾ける泡と僅かな苦みが油を洗って何とも爽やかだ。
ああ、何ていい気分なんだろう……。
今朝方から胸中に抱いていた悩みはどこへやら、幸せな気分に満たされたところで再び給仕の青年が皿を二枚持って現れた。
「腸詰の盛り合わせに、ウィーン風カツレツです。Guten Appetit(どうぞ召し上がれ)……」
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