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06
一つの皿には艶々と照り輝く腸詰に、炒めたような野菜が添えられており、もう一つの皿にはキツネ色の大きなカツレツが二枚乗っていた。
「うーん。素晴らしい出来だ……。腕を上げたね?」
感心したように白神さんがが振り向くと、青年は照れたような笑みを浮かべた。
「いえ、まだまだマスターには及びません。お口に合うとよいのですが……」
謙虚な口ぶりで答えながら、青年は取り皿を用意してくれた。
「謙遜しなくとも、君の腕はマスターも認めているだろうに。そうだ、麦酒をもう一杯、頂けるかな。明朗君もどうだい?」
ほとんど空の杯を掲げてみせた白神さんに僕は急いで首を振った。
「ありがとうございます。お酒は初めてなので……ゆっくりいただきます」
「ふうん、初めての酒かあ……。いいねえ。そんな時分が私にもあったなあ」
見たところ、白神さんは二十歳をいくらか過ぎた頃だろうか。
立派な青年紳士である白神さんが十代の頃などにわかには想像もつかないけれど、さぞ麗しい少年だったに違いない。
「さぁ、そんなことよりも……腸詰もカツレツも熱いうちに! ここのザウワークラウトも絶品だぞ」
いうが早いか、白神さんはフォークとナイフを素早く操り、ザクザクと軽妙な音を立ててカツレツをちょうどよい大きさの一切れにした。
きれいな弧を描く唇が開き、カツレツにむしゃりとかぶりついた。
「ううっ。Wunderbar......素晴らしいっ!」
感動したように唸った白神さんをみて僕も急激に腹が減ってきた。
カツレツをフォークで切ると、やや厚めの衣の手ごたえが手に伝わってきて、すでにその感触を味わっているような気持ちになる。
キツネ色のカツレツの衣は天ぷらとは全く違い、厚みと歯ごたえがしっかりしている。
油で揚げたのかと思いきや、どうやら牛酪で焼いているようだ。
芳醇な牛酪の香りを胡椒がピリリと引き締め、肉はビックリするほど柔らかかった。
白神さんの言う通り、素晴らしい一品だった。
腸詰はドイツ人講師から何度も語って聞かされた憧れの料理ではあったけれど、実際に見るのはこれが初めてだった。
やんわりと曲がった棒のような形状で肉の油のよい匂いが漂ってくる。
表面は油で照り輝き、ところどころについている焼き色がなんとも美味そうな見た目をしている。
皿の上には長い腸詰と短い腸詰が二種類、載せてあったのだが、白神さんがそれぞれドイツの異なる地方に由来するものだと説明してくれた。
「これはね、どちらも焼いて食べる腸詰の種類なんだよ。これ以外にも薄切りにするものや脂肪を使ったもの、血を固めたなんてものもあったりしてね。地方色が豊かなんだよ」
麦酒を飲みながら白神さんは満足そうに腸詰の講釈をしている。
その熱量たるや、僕の故郷で知り合った独逸人講師に勝るとも劣らない調子である。
はやる心をおさえて、短い腸詰をひと口齧れば、たちまちのうちに甘い肉汁が口の中に溢れ、噛むほどに弾力ある歯ごたえが感じられる上、かすかに甘い香辛料が風味に変化を与えている。
長い方の腸詰もわずかな辛みに加えて、やはりほの甘く爽やかな香辛料の香気が感じられる。
ひと口、麦酒を飲みながら僕はまるでまだ見ぬ独逸を旅しているような気分になっていた。
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