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07
これまでに入ったこともない西洋居酒屋で異国の料理を、その土地を知る人と食べているとこんな不思議な気分になるものだろうか?
お酒を飲んでいるせいもあったかもしれないけれど、きらきらと水面に夕陽が照り映えるラインの川辺をそぞろ歩き、居酒屋を訪れた……という想像が頭に降ってわいてきて、僕は何とも言えない良い心地だった。
「この野菜のつけあわせは『ザウワークラウト』といって……日本でいうところの漬物という感じかなぁ」
「Sauerということは酸っぱい、ということですよね……?」
酸っぱい西洋料理、しかも漬物などというのはまだ聞いたことがない。
恐る恐る、フォークですくって口に入れると強烈な酸味が口の中に広がった。
「……!?」
「そこで、腸詰だ! そのあとまたザウワークラウト!」
まるで下士官に命令する軍人のように白神さんが鋭く叫んだ。
言われるままに、僕はソーセージをフォークで刺し、酸っぱさでいっぱいになった口に放り込んだ……すると、どうしたことだろうか!
酸っぱさが収まり、肉のまろやかな風味が再び口に広がった。
「次、ザウワークラウト!」
大分酔いが回ってきているのか、白神さんが鬼軍曹のように僕に向かって号令した
「はい! ザウワークラウト!」
白神さんの剣幕に怖れをなして、今度はフォーク一杯、酸っぱい独逸風漬物を口に頬張ってみる。
すると、どうしたことだろう。
脂っこい料理を口にした直後だけに、ただやみくもに酸っぱいだけではなく、爽やかな酸味が新鮮に感じられた。
それどころか、腸詰の油の甘味と肉のうまみ、ザウワークラウトの酸味が口の中で一体となり、それぞれを別に食べた時よりも一層美味しく感じられる。
「すごいです……ザウワークラウト、素晴らしいです」
「そうだろう、そうだろう」
すっかり上機嫌の白神さんはビールを片手に楽しそうに何度も頷いた。
大いに飲み、食べ、料理について語り……絶望で始まった僕の一日は、白神さんとの出会いによって様相を一変させていた。
頃合いを見計らって給仕の青年がテーブルに現れ、空いた皿を手早く片付けてくれた。
「では、そろそろ例のものをお持ちしましょうか?」
「ああ、頼むよ」
店に入った時も言っていた……『例のもの』とは一体何なのだろう。
ふと、僕の頭に妙な想像が浮かんだ。
いつか聞いたフランスで流行しているという『怪盗紳士』の小説。
知的で見目好い、ありとあらゆる女性から好意を寄せられる好男子……。
以前あらすじを聞いた時にはあまりに通俗的だと思ったし、そんな男が実際にいたらお目にかかりたいとさえ思ったような気がする。
悪者の癖に女性を魅惑する容姿というのは僕には想像しがたかったのだけど、恐らく女の人を安心させるような優しい容貌をしているに違いない。
つまり、筋肉質だったり顔貌がいかつい、あまりに男性的な男はこれにあたらないだろう。
そう、例えば、小洒落た装い、長く細く白い指に、中性的な顔貌……。
その怪盗紳士に対して抱いていたイメージが、なぜか白神さんとピタリと重なったのだった。
もし彼が怪盗紳士だとしたら――『例のもの』とは一体何なのだろう?
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