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 食事を集中するふりをしながら、僕は改めてランプの光に照らし出された白神さんの姿を横目で見つめた。  柔らかい光沢は天鵞絨(びろうど)だろうか?  濃紺の細いリボンで無造作に結ばれた艶々した長い髪。  白い肌はお酒のせいかほんのりと頬の部分が赤く染まっている。  鳶色の瞳が輝き、すこぶる上機嫌そうな口元は綺麗な弧を描いていた。 「……観察は終わったかい?」 「えっ……」 「ふふふ」  長い睫毛がゆっくりと瞬き、唇の端を一層上げて、白神さんは悪戯っぽく笑って見せた。 「あ、すみませ……」  非礼を詫びようとした僕の唇を、長く美しい人差し指がそうっと塞いだ。 「謝ることなんてない」  しっかりと僕の目を覗き込みながら白神さんは言った。 「私も色々と君のことを観察させてもらったからね。お相子(あいこ)だよ」 「僕のことを……?」 「うん、最初は銀座でね。柳の影にいた君をちょっと離れた場所から観察していたんだ」  悪びれたようすもなく、実にあっけらかんとした言い方だった。 「見たところ書生のような恰好だけど、どこかの書生さんがこんな時間に銀座で一人うろうろしているのも変だろう」  椅子に深く(もた)れ、残り少ないビールを一気にあおってから白神さんは続けた。 「……大都会に慣れていない、少し気後れしたような雰囲気に上京したての人物じゃないかとあたりをつけた。じゃあ、この年頃、この時期なら一高受験生かもしれない」  次々と素性を言い当てられて僕の胸は早鐘を打つように暴れだした。 「加えて、身の回りの物をまとめた荷物が一つ、何とも世を(はかな)んだ表情……」  (わず)かに同情を含んでいるのだろうか。僕をじっと見つめる白神さんの目は何だか優しげだった。 「もしかしなくても、行くところがないんだろう、君」 「……どうして、そんなことを」 「何となく、そんな気がしたのさ」  ふと、長い睫毛を伏せて白神さんは(うつむ)いた、かと思ったら杯に残った最後のビールを飲み干した。 「じゃあ……ひとつ、聞いてもいいですか?」 「うん? 何なりと」  毒食わば皿、というやつだ。こうなったらとことんまで聞いてやろうというやつだ。僕はもう、(はら)を決めていた。 「……どうして、僕の志望が帝大英文学科だって」  一瞬、キョトンとした表情で白神さんは僕を見た。 「ああ、そんなことも言ったっけ」 「言いました! 柳の木の下で、英語であいさつした時に」  僕が食い下がると、彼はああ、と思い出したように目を上げ、プッと噴き出した。 「何がおかしいんですか?」 「うん、思い出したよ。でも、あんまり大声を立てない方がいい思うけどな……」  クスクス笑いながら、白神さんは僕の肩を引き寄せると耳元に唇をよせて囁いた。 「あのね、見えていたんだよ。君の大事な荷物の中身」 「え……?」 「表紙だけで分かった。後生大事に君が抱えていたのは予備校生向けの東京案内と英語の辞書……それに発禁本だ」  その瞬間背中全体がざあっと粟立つような感覚を覚えて、僕は言葉を失った。 「大分慌てて出て来たんだろうねえ。結び目が緩んで中身が見えていたんだよ」  慌てて隣に置いた手荷物を改めると、一日中提げていたせいか確かに結び目が緩んでいた。 「作者の崇拝者なんだろう? 後生大事に持ち歩くくらいだもの」 「ううううう」 「帝大英文学科でも一ニを争う俊才だったようだね。憧れているのかい?」
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