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09
淡い笑みを浮かべた美しい細面の横顔が、悪魔の微笑のように僕には思えた。
何故、この人は――この人には僕のことがまるで手に取るようにわかってしまうのだろう。
もちろん、僕にだって間抜けなところはある。
でも、あの包みの結び目はそこまで大きなものではなかった。
せいぜい一番上に入れた辞書と本の表紙が一部見えるくらいのもので、普通の人間には本の種類など当てられないはずだ。
「まあ、そう胡乱な目で見ないでくれ給えよ」
ちらりと奥を覗ってから白神さんは僕に向き直った。
「私は別に君を揶揄おうとか、苛めようとかいう気はないんだから。むしろ、君という人間に興味を持ったから、ここに誘ったんだ」
「僕に? 一体何でですか?」
さっきまでは紳士の礼儀上、僕のことを珍しがってお世辞を言ってくれているのかと思っていたのだが、ここまで素性を見抜かれた上でそんなことを言われるのは意外だった。
自慢じゃないけれど、一高受験を控えているとはいえ、僕は学年きっての俊才というわけではない。
席次は上から数えたほうが確かに早いけれど、天下の一高受験ともなると志望者も多いことからてんで自信がなかった。
西洋野菜の栽培が当たって実家に経済的な余裕があったこと、しかも末っ子で勉強しか取り柄がない僕に地元の名士が目をかけて一高受験を勧めてくれたのが、僕が今東京にいる全理由だ。
中肉中背で白神さんのような美男子でもなければ、とてつもなく醜いわけでもない。
外見的な特徴を強いて挙げるとすれば、読書のし過ぎで目を悪くしたため丸縁の眼鏡をかけていることと、なぜだかいつも頭の天辺の髪の毛がぴょんとはねていることくらいだ。
そういえば、父方の祖母が僕を美男子だと褒めるので理由を聞いてみると『美男子の絵に似ている』というのでその絵を見せてもらったことがある。
どこからわが家にやってきたのか、それは江戸の浮世絵らしく、複雑な形に髷を結った派手な着物の円らな瞳の少年がしな垂れたようなポーズをとっているものだった。
絵の中の少年は何だか女のようになよなよとした印象に見えて、僕は少しがっかりした。
後になってあれは俗にいう『若衆』を描いたものではないかと思いつき、なぜよりによって祖母がそんなものを持っていたのか首を傾げた記憶がある。
兎に角、僕には外見上も中身に置いても人より一等優れたような点は……残念ながら、『無い』と言っていいのではないかと思う。
では、なぜに白神さんはそんな僕に興味を持ったのか?
僕の真剣な問いに薄笑いを浮かべていた白神さんの目が急に輝いた。
「おおっ。ついに来たか!」
いうが早いか、いきなり目の前でパンと手を打たれたものだから、僕はあやうく椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。
「えっ、な、何が……?」
驚いて振り返ると、僕の背後には青年給仕がコーヒーを載せた盆を手に困ったような顔を浮かべて立っていた。
「すみません、お取込み中かとは思ったのですが……」
「全く、構わないよ! 例の『あれ』を持って来たんだろう?」
「はい。お待たせいたしました。挽きたてのコーヒーと……ザッハートルテです」
「は? ザッハー……?」
「明朗君、君は実に運が良い少年だ。今日この日に、私という人間に出会ってこの店にやってきたのはもはや運命だ」
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