3、白い別荘

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 こんなに張り詰めた気持ちは、仕事を辞める旨を上司に伝えた時以来だ。  吸って、吐いて……と、一花は呼吸を整えた。  昨日と同じような眩暈の前兆があったので、発生する前に、軽く運動をして、やり過ごした。 (ああ、嫌になるわ。本当にこの体調不良、治るのかな?)  自律神経失調症、鬱病……。  どれもしっくりこなかった、様々な病名が脳裏をよぎっていた。  高校生くらいから付き合っていた謎の症状が、田舎で静養して、食べ物を変えたくらいで改善するのだろうか? (まあ、昨日のあの子の言い回しとしては、少し頑張ったくらいじゃ、治りそうもないっぽいけど……)  もう少し休んだら落ち着いてくるのは、経験上見越しているので、一花は人通りのないことを確認してから、そのまま、じっと固まっていた。  はあっと、一息吐いて、長い先行きを悲観しながら膝を抱えていると……。 「おい、おたく、大丈夫……か?」 「えっ?」  急いで一花が顔を上げると、開襟シャツに、紺色のズボン姿の恰幅の良い中年男性が、こちらを深刻な面持ちで凝視していた。 (まったく、気づかなかった……)    男は、丁度屋敷から出て来たところらしい。  昨日会った日色 統真と清涼路 侑とは別人類と形容したいくらい、真逆の外見をしていた。  濃い眉毛に、白髪交じりの短髪と、無精ひげが象徴的な「おじさん」だ。 (あー…………よく見たな。職場近辺で、こういう人)  男のくたびれた革靴に、使い古したビジネスバックは、つい最近まで通勤電車に揺られて、東京勤務をしていた一花には、馴染み深いものだった。  男の気配をまったく感じなかったのは、一花に余裕がなかったせいだろう。 「あっ、大丈夫です。暑いせいか、ちょっと立ち眩みがして」
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