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無言でいるのもしんどい一花は、ありったけの空元気を総動員して、浮かれた声を出した。
一応、テンションが高いようには、見えたかもしれない。
美代も嬉しそうだ。
「うふふ。そうでしょう。ここにいると、時間がゆったりと過ぎている感じがするのよ。気持ちがのんびりになるの。みんな自分のペースで生きている人が多いから、お店とかも個人で営んでいるオシャレなお店が多いのよ。いっちゃんもきっと楽しめると思うわ」
「…………へー……それは、とっても楽しみ」
そんなこと思ってもいなかったが、とりあえず頷いてみる。
(とても、観光する元気なんてなさそうだけど……)
兎にも角にも、すぐ横になりたくて、一花は震える体を誤魔化して、早足になってみたものの……。
土地勘がないために、美代の家がどこにあるか分からない。
「おばあちゃんの家って、この道の奥でいいの?」
「そうそう。この道をまっすぐ行くと、「香花庭」ってね。看板が立っているから」
美代は葉山で小さな民宿を経営している。
五十を過ぎてから、自宅の古民家を改装して、趣味の一環で宿を始めたのだ。
庭の花を目玉にしたいという美代の希望から「香花庭」と、洒落た名前が名付けられた民宿は、一日一組完全予約制と、強気な商売にも関わらず、観光客にはかえって希少価値が上がるらしく、アットホームな雰囲気が素晴らしいと好評で、リピーターも多いらしい。
夏の間は、けっこう、予約が埋まってしまうとか……。
その繁忙期に、勿論、手伝いはすると約束はしているものの、ド素人の一花がやって来てしまったのだから、かえって美代は大変になってしまうかもしれない。
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