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【 第十四話: 擦れ違い 】
次の日の朝、俺が起きると、彼女は既にいなかった。
机の上には、彼女のメモが置いてあり、こう書いてあった。
『ヒロシ、朝ごはんはテーブルの上に置いてあるから食べてね。朝からテレビ出演だから先に出掛けます』
朝のワイドショーや新聞、雑誌など、彼女の特集を組んだものがズラッと並んでいた。
テレビをつけると、そこには既に彼女が映っていて、笑顔でインタビューを受けて、その後、デビュー曲を歌っていた。
俺はそれらを見て、彼女が何だか俺の知らない遠くの世界へ行ってしまうんじゃないかと感じ始めていた。
今、テレビで歌っているのが、マジカなのか、サリーなのか分からないが、彼女たちはアイドルとして精一杯頑張っている。
彼女たちが、俺から巣立っていくような感覚さえ覚えていた。
それ以来、彼女は昼も夜も無くアイドルとして働き、俺と一緒にいる時間がほとんど無くなっていた。
会話をしている時間が彼女には無く、最近は、テーブルの上のメモで彼女が帰っていたんだということを知るような毎日だった。
俺は、以前サリーが言っていたことを思い出していた。
「(ヒロシ。私、プロデューサーの松本さんとお酒を飲んでいたの)」
俺は居ても立っても居られなくなり、あの大物プロデューサー松本に電話をかけていた。
『トゥルルルルル……、トゥルルルルル……』
「はい。松本ですが」
「あ、松本さんですか? あの私サリーの家族のヒロシですが」
「あ~、ヒロシくんね。どうかしたの?」
「あ、あの、サリーのことでちょっとお話したいことがあるのですが……」
「んっ? 何? 余り時間は取れないんで、また後でもいいかい?」
「あ、はい。いいですけど、サリーは今そこに居ますか?」
「あぁ、いるよ。代わるかい?」
「あ、い、いいえ。いいです……」
「そうかい。サリーくんは昼も夜もよく働いてくれているよ。じゃあ、また後でかけ直すから」
『ガチャ』
俺はその電話の内容から、あの大物プロデューサー松本に、彼女を取られてしまったと感じていた。
「(あぁ、いるよ。代わるかい?)」
それは、彼女が松本のすぐそばにいることを示していたからだ。
俺は、彼女の気持ちがいつしか、俺から松本の方に向いてしまったのではないかと思っていた。
俺は、急に怖くなってきた。
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