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【 第七話: CM撮影 】
そして、サリーはこの日、CM撮影に行くことになっていた。
が、何とこの日は、あいにく彼女は『マジカ』の日だった……。
「何か今日、外がやけに騒がしいんだけど、どうしたのかな?」
「マ、マジカ、聞いて欲しい……、今日、CM撮影があるんだ」
「CM撮影? あの写真コンテストの副賞?」
「うん。そこで、申し訳ないんだけど、サリーの代わりにCM撮影に行ってくれないかなぁ?」
「私がCM撮影に?」
「そ、そう」
「でも、あれはサリーさんが受賞したもので、マジカが受賞したものじゃないよね?」
「そうなんだけど……、サリーの代わりに、マジカに行って欲しいんだ……。ダメかい……?」
「いいけど……、マジカがCMに出るの?」
「そう。マジカなら大丈夫。何とかなるよ」
「う、うん。頑張ってみる」
「ありがとう。あと、もう一つ、今日は外が騒がしいから、俺が会社へ行くのに駅まで送ってくれなくてもいいから……」
「えっ? どうして?」
「だって、ほら、外には記者やカメラ小僧たちが一杯いるからさ……」
「うん、ちょっとさみしいけど……、分かった」
「でも、いってきますのキスは玄関でしてもいいよね?」
「そ、それも、おあずけ! 窓の隙間とか、覗き窓とか、見られているかもしれないから……」
「えーっ、さみしいなぁ……」
「ご、ごめんよ」
そう言って俺は会社へそそくさと向かった。
そして、サリー、いや、マジカは追っかけ記者やカメラ小僧たちから逃げるように、CM撮影のため、有名映画監督が待つ撮影所へ出掛けていった。
CM撮影は思いの他、順調に終わったと、後から彼女に聞いた。
ネット上には、早々と、彼女のCM撮影現場のメイキングなどが公開されていた。
そこには、俺の想像を絶するほど、可愛らしい彼女の姿が収められていた。
俺はそのCMを見て、
「(これを見てトキメかない男なんて、いないんじゃないか?)」
とさえ、思ってしまうほど、彼女のかわいらしさを引き立たせたものだった。
案の定、話題が話題を呼び、いつしか彼女はテレビやラジオ、雑誌から引っ張りだこになっていた。
彼女の人気の秘密は、飾りっ気のない性格と、初々しい素人っぽさ、真っ直ぐで素直なところが、逆に芸能人らしくないということで、ウケている理由のようだった。
彼女には、芸能界で売れたいという欲が全く無かったため、その無欲さもこの時代に求められていた理想のタレント像だったのかもしれない。
『さあ、今夜はあの話題のCMの彼女、佐藤サリーさんの登場です。サリーさんどうぞ~』
『どうもこんばんは。佐藤サリーです。よろしくお願いします』
『いやー、今テレビでもネットでも「100年に一度の逸材」ということで、すごく話題になっていますが、この事に付いてご本人はどう思われていますか?』
『本当に驚いています。たまたま花火大会で撮影した時の写真が賞を取って、それでCMが決まってという具合に、何かトントン拍子に事が運んで行った感じでした』
『そうですか~。ほんと、かわいらしいですもんねぇ~』
『いえ、そんなことないです。他のタレントさんと比べたら、私なんて足元にも及びません』
『そんなことないですよ~。今や飛ぶ鳥を落とす勢いですからねぇ~。次のCMオファーやアイドルデビューの話も来ていると聞いてますからね~……』
俺たちは、この世間の流れの速さに、完全に乗り遅れて、自分たちだけが取り残されているような感覚だった。
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