リトルリーグガール

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『北海道ベアーズの優勝に貢献できるよう頑張ります』  パパは優しそうな監督と握手して、マスコットキャラクターであるシロクマのイコロくんとキロルちゃんと共にポーズを決める。そこに荒々しい顔をしたヒグマのキャラクターベア雄が乱入して、パパは苦笑しながらも楽しそうだ。 「あーあっ、生で見たかったな――あっ、もう終わっちゃった」  何日か前に全国ニュースのスポーツコーナーでほんの少し流れた映像を、わたしは何度も見返していた。その横で、ママは妹のアリサの服を真剣に選んでいてニュースは見ていない。 「そうだ、パパに電話してみよ!」  肩に寄りかかってまだ寝ぼけている妹をゆっくりずらして、わたしは電話機を取る。何度かの呼び出し音の後、パパの低い声がする。 「もしもし、パパ!」 「凛か……どうした」 「パパ! 会見見たよ。生で見たかったな。それでね、試合見に行きたいの! 日本でももちろん先発だよね。メジャーリーガーをバッタバッタと三振に取ったんだから日本のバッターなんて楽勝だよね!」  もっとちゃんと話したかったのに、興奮して一気に思ったことを口にしてしまう。そんなわたしとは反対にパパはいつも通りそっけない。 「ママがいいと言ったらな」 「それじゃあ、いつまでたっても行けないよ。ねぇ、パパは何曜日に投げるの? こっちでも試合テレビでやるかな?」  メジャーリーグでパパは中六日で先発登板していた。そのため、毎週金曜日はパパの日とわたしは覚えていた。 「まだ、わからないな。テレビは東京の球団の試合しか流れないだろうな」 「えー、つまんない。じゃあ、今度会えた時キャッチボールしてね」  こんなに我慢しているのだからご褒美があってもいいだろう。だからわたしは少し難しいおねだりをしてみる。 「それは無理だな。ピッチャーの肩は消耗品だ」  あっさりと断られたのはもちろん悲しい。でも、わたしはそれがちょっとだけ誇らしいのも事実だった。 「絶対応援に行くからね。ノーノーとかパーフェクト決めちゃってもいいよ」  ヒットを許さないノーヒットノーラン、フォアボールやデッドボールさえもないパーフェクトゲームを無邪気に強請ってもパパの調子は変わらない。 「……あぁ」  バイバイと言う前に電話は切れてしまった。忙しかったのかもしれないと反省したわたしは、クローゼットで洋服と格闘するのに忙しいママに話しかけるのを遠慮する。だって、こういう重要なお願いは機嫌がいい時の方が上手くいく気がする。 「凛、アリサを起こしてくれる? もう着替えなきゃいけない時間なの」  アリサはママの仕事に興味があるみたいで、最近はキッズモデルというものをしているらしい。わたしも何度か誘ってもらったけど、正直あんまり興味がないしみんなも本気では誘っていないのを知っている。 「アリサがママに付いているなら、わたしはパパに付いていられたらいいのに」  ママたちのように朝ごはんがスムージーだけでは足りないため、わたしは昨夜頼んだ宅配ピザとポテトにコーラをテーブルいっぱいに並べてテレビのチャンネルを適当に回す。 「あっ、パパだ!」  テレビの向こう側に、ユニホーム姿のパパをみつけてチャンネルを固定する。パパは試合中継なんてないだろうと言ったが、こんなに連日テレビに出ているなら放送される可能性はあるかもしれない。 『今日は北海道ベアーズに入団した目白選手が行った野球教室の模様をお伝えします』  ユニホーム姿の小さな男の子たちが集まって礼をしているのが見える。そして、キャッチボールが始まった。  薄いテレビの向こう側で、パパは一人の男の子とボールを投げ合っていた。  わたしはそこで静かにテレビを消す。 「わたしがもっと才能あったらキャッチボールしてくれたのかな?」  そこでわたしはモデルに復帰したママが、可愛い妹を連れて歩いていることを思い出す。 「可愛いのも才能だもんね。そっか、わたしはもっと野球が上手くなればいいんだ!」  ひらめいてしまったわたしは、すぐにパソコンの電源を入れる。アメリカに住んでいた時、よくおばあちゃんたちとテレビ電話をしていたのでパソコンの使い方は覚えていた。  地図を印刷して、着替えを済ませ、道具を用意する。 「凛も遊びに出掛けるの? ママたちはもう仕事に行っちゃうわよ」 「お姉ちゃんもいっしょにいこう!」  水色のエプロンドレスを着た可愛い妹の誘いは魅力的だったけど、同じものを着せられたらたまったものじゃない。それに、今日のわたしにはもう目的がある。 「わたし、野球しに行く!」  タイトスカートから伸びるママの細い足の間をすり抜けてアリサに手を振ると、わたしは近所の河川敷を目指して走り出した。
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