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はじめてのマウンドは少し低めで硬いが問題はないだろう。十球程の投球練習でわたしは勝負を開始しようと頷いた。
「でかいだけの女に負けるなよ、健!」
「ピッチャー、どっちがボールかわかんないくらい丸いぞー」
ベンチからの野次はお約束なもので特に心乱されるものではない。わたしはみんなよりも背が高いし、体つきもがっちりしている。だけど、これって長所なのだ。
わたしの投げたボールのパーンと乾いた音が、キャッチャーのミットから鳴り響く。これでワンストライク、あと二つストライクを取ればわたしの勝ちだ。
「は、速い。なんだよ、あれ」
「さっきまでの練習と球威が違う……」
滑り止めのロージンバックを手にする振りをして俯いたわたしは小さく笑う。でもそれはストライク一つとったからではない。
「ちゃんと取ってよ!」
おおきく振りかぶって足を高く上げる。お腹が少し引っ掛かるが、ほんの少しのことだ。構わずに腕を振り抜けば、ボールはバッターの目の前で突然縦に落ちていく。残念なことにキャッチャーが取りこぼしたため、ミットの良い音は聞こえなかったが空振りしているのでストライク二つ目だ。
「フォークか!」
「いや、あれはスライダーじゃないか?」
「縦スラだ!」
周りの驚く声は気持ち良い。一般的なスライダーよりも習得が遥かに難しい縦スライダーは、最近日本のプロ野球からメジャーリーガーになった選手の決め球であったから知っている人も多いだろう。だから、これを投げられるということはわたしが良いピッチャーである証拠なのだ。ちなみに、パパの決め球もこの縦スライダーだ。
「さぁ、三球三振で決まっちゃうかもよ!」
追い込んだわたしが圧倒的に有利だ。それなのに、バッターは少しも焦っていないのが少し気になる。
「うん。そうだね、勝負に油断は禁物!」
一呼吸おいてから投げ込んだスライダーはボール。あえて外したのだが、それでも大きく枠からは逸れていない。しっかりとした意思を持って見逃したのか、それとも手が出なかったのかは残念ながらわからない。それでもこの変化球を初見で打てるとは思えないので、わたしは勝負を決めるため振りかぶる。
「ファール」
「えっ、今のかすってた? 三振でしょ!」
審判のコールにわたしは食って掛かるが、判定は覆らない。でも、今のはキャッチャーがとり損ねてこぼしただけでバットには当たっていなかったと思う。
このキャッチャーは信用ならない。不意にでてきた不安にわたしはプランを変える。わたしはこんなところで負けてはいられない。
キャッチャーもさすがにまっすぐは捕ることができるだろう。
わたしはスライダーだけじゃない、わたしのストレートは打たれない。
迷いはなかったし、フォームだって崩れていない。綺麗なバックスピンを描いたボールはキャッチャーミットに吸い込まれていく――はずだった。
「セカンド!」
すぐに振り返って指示を出すが、そこには誰もいない。そういえば、この対決には守備はなかった。
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