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「俺には外科手術はできないから、さしあたりブレイン・ロックは除去できない。手術できるのはドクター銛先だけど、あいつは彩神音さンの忠犬だからね」
クローンは、クローン再生倫理審査機構の職員の立ち会いのもとで、全身スキャンを受け、違法な生体パーツや薬物の有無を検査した上で、記憶の移植が許可される。スキャンはサイドロードの二時間前に行われ、通常一時間以上かかる。
「急場仕事だからセキュリティが甘った。だから、折を見てセキュリティのレベルを上げてくるはずだ」
「なぜこんなもの仕込むのよ」
「気性の荒い猫は放し飼いできないから」
「嫌なこと言わないでよ」
「きみは事故で死んだ。
11月3日日曜日の23時20分、衛星リンクを切った手動運転で、時速百キロで風裂埠頭のコンテナに突っ込んだ。
警察の調書によるときみの遺体から薬物やアルコールやブレイン・ロック類似デヴァイスの痕跡は見つかっていない」
「ほええ…。シンガポール・マフィアの縄張りのど真ん中じゃない。なんで、わたし、福建語なんてしゃべれないのに」
「車は盗難車だった。盗まれたのは先月の終わりだ。盗まれた時間、きみはこの部屋でヘソの穴をかっぽじってたから、君が盗んでないことはわかってる。きみのアリバイは、リンバニ大使館の弁護士立ち会いのもとで、俺が警察に証言した」
「それはどうも」
「きみは11月2日土曜日の17時、再生倫理審査機構で記憶バック・アップを取った。それは覚えてるな。それがきみの最後の記憶のはずだ」
「うん」
バックアップ管理官はハゲだった。生え残った髪を左右から集め、それを隠していた。高知能ウィッグなんて安いのに、なぜそんなことをしているのだろう、と思ったのだ。それがわたしの最後の記憶だ。
「で、どうだ、ここまで聞いてコンテナに突っ込んだ理由になにか思い当たるか?」
「まったくない」
ということは…。
「ということは、11月2日土曜日の17時から日曜日の23時20分の間に起きた出来事のために君は死んだ。
2日19時35分、君はコンパクトの電源を切った。切ったのは君自身だ。指紋認証の記録がある」
「なぜ切ったのかしら」
「電磁波を出さないため、だろうね。
な、経緯も理由もわからず、無軌道娘が盗難車で事故死したんだ。彩神音さンが、君をおとなしくさせるためにブレイン・ロックをかけるのも宜なるかなと思うね」
「…むべ?」
「いや、気にするな。
バックアップを終えたきみは、2日18時10分、噛望都町の辛辛帝国という店に入った。それを最後にきみの位置情報は途絶えてる。
あの店にはなんのために行ったんだろう?」
その瞬間、わたしはこの生意気なAIに対する勝利を確信した。
「そんなこともわからないの?
ヒトがあの店に行く理由はたったひとつしかないわよ」
「教えてくれ。大事なことなんだ」
わたしは高らかに言い放った。
「ラーメンを食べに行ったのよ!」
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