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祇園囃子が空から降ってくる。顔を上げると鉾のてっぺんの三日月が墨汁の空で光っていた。 ふと隣を見ると先輩も同じようにそれを見上げていた。先輩の瞳は憧れと懐かしさと諦めが入り混じった、複雑な色をしていた。何もかもを諦めて、それでも何かを望んでいる。僕のものではない、僕のものにはならないまなざし。 「僕、先輩のこと好きでよかったって思ってます」 振り向いた先輩の瞳からは色が消え、黒は深くなっていった。 やがて瞳は潤みはじめ、提灯の灯りが、浮かれた人々の流れが、宵山がそこに浮かびあがっていく。 僕の知らない先輩が、僕の目の前で泣いていた。
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