跡形

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跡形

あなたの跡形。消える跡形。消えないように抱きしめ続ける跡形。消えないように抱きしめ続けるからあなたが居ないことを実感する。また、泣く。 30回目の夏、花岡理恵花、ヒメゴトを持つ。同じ屋根の下に住む人がいる。その人との間に命もある。絵に落とし込めたかのような幸せらしきものを愚かながらに実感する。許されるならば続いて欲しい。いまこの状況をもし、許されるなら。それが世に歪と揶揄されようとも。 その日は雨だった。夕立。泣く子を抱え1人家に佇む。私を知らない命ひとつ、私を知ってる命がひとつ、私を欲する命がひとつ、私が知らない命がひとつ、ひとつひとつ大切なものを抱えている。 スーパーは午後四時には戦場と化す。時間制特売そう、タイムセールだ。静かな波が押し寄せる中、激流が走り込む、アナウンスひとつで。そこは無法地帯と化す。当たろうが、踏もうが踏まれようが、「すみません」のひとつなしにそれどころか、「邪魔なのよ」に変わる。我が身大事が人間として出る瞬間がその人の人たる人となりが出る瞬間だと思う。その瞬間が見られるという点ではタイムセールは面白いものだと感じる。とくんとくんドクン、グンと高鳴る。その瞬間大衆の面前で辱めを受けたかのような血が全身に走り鳥肌と冷や汗の二重苦が襲ってきた。いつから私は人を断罪、いや、裁量、選別、判別、評価出来るようになってしまったのか、何故か自分がここの人たちより上と勘違いし、自分が聖人かの如く「この哀れな人」などと自惚れの中にいた。目当ての商品を前に他のコーナーに周る。 夕飯はカレー、じゃがいも、玉ねぎ、豚肉をカゴに並べていく、先程までの恥辱の心は青痣の様に心の皮の下で鈍く静かな音でドワン、ドワンとその存在を痛みという形で残していた。これもまたひとつの跡形。なくした思い出なのかもしれない。
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