ペルセウス座流星群2019

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ペルセウス座流星群2019

ケンタウルスの時計技師は、あと二時間か、と夜天を見上げた。今宵の二十二時頃は、ペルセウス座流星群の極大時に成るのだ。以前の極大時には、煙草を一服している内に、流星嵐が起きた程、星が、降る。嵐。百どころか、千の、流星達。時計技師は、極細の金槌をカツカツと動かし乍ら、思い出す。あの、星祭に及ばずとも、光り輝く素晴らしい祭であった幾星霜前の宵を。一度、目蓋を閉じて呼吸を正す。美しかった。本当に、美しかった。 今宵の流星群、ケンタウルスの時計技師が狙っているのは《アルゴルの睛の欠片》。ペルセウスが左手に持つ、メドューサの睛に当たる、此の座で一等明るい恒星の欠片。つまり星だ。星は鉱物で出来ている。是非とも、時計台の装飾に使いたい。否、使わなければ、あの星祭は再現出来ない。だから。幾ら、屑共を煌く鉱物に変えても、あの星祭りにはまだ程遠い。メドューサは見た者を石に変える、皮肉にも時計技師と同じ。技師は哀しげに微笑った。 ケンタウルスの時計技師は、樹が生茂る何時もの廃天文台を離れ、何処かの海辺に足を運んでいた。とうに陽は沈み、漆黒色が支配する世界が眼前に広がる。唯一、何処かの街の方角は鮮やかな色付きの光がぱあっと天に差して、一つの巨大な雪洞の様。墨を垂らした波は、ざざん、ざざんと、時計技師の脚を膝丈迄濡らす。暫し、海の鼓動のみの静寂が空間を包む。技師は立ったまま、夜天を見上げ続ける。すると、すう。すう、と。ひと筋、ふた筋の一閃が流れて来た。今のは桃色、次は緑葉色。次から次へと星が流れて来る。ペルセウス座流星群の始まりだ。流星達は、技師の居る海に落ち、光速の旅を終える。ちゃぽん、どぼん。飛沫を上げた方角に舟がざんざんと向かう。星捕り漁の舟だ。星捕りは、捕った星を専門の料理店に卸したりして食い扶持を稼ぐ。 「具合はどうだ」 と、時計技師が訊ねると 「上々だよ、先刻の火球を見ただろう、今宵は上質も上質さ、アンタもツイてる」 幼い星捕りは云う。 「見たともさ、だから君に声を掛けた。《アルゴルの睛の欠片》。……捕れたんだろう?」 技師が確信めいた言の葉を口にすると、星捕りは黙り渋い顔をした。 「……、」 「此れは私の絡繰時計に使う筈だった鉱物達だ、美晶ばかりの碧を選んできた、此れは天青石、彼方は海柱石」 「……、……。」 「解った、解った、私の負けだ。此れは本当に他には無いぜ、私が保証するぐらいの鉱物は、中々無い」 時計技師がジャケットの内ポケットから出した棉に包まれた鉱物は、燐光を放ち、暗い海辺一帯を白光が眩しく包んだ。 「魚眼石……?」 星捕りがそう云うと、頷く技師。 「そうだ、向こう側が透ける程の透明度。在る人物が所有する惑星で採れた物さ。申し分無いだろ、星捕り」 「交渉成立だな」 星捕りは手早く《アルゴルの睛の欠片》を洗浄し仕上げに真珠胡粉を塗布し、丁寧に包み上げ、技師に手渡した。技師は受け取る代わりに厳重に箱に蔵った鉱物を渡す。 「有難いね、こんな良い条件はまんざら無い。何時も大人は俺を見るなり、安く買い叩く、目利きが鈍らな奴ばかりさ」 そう云った星捕りは少しばかりの小さな星も付けてくれた。買付が成功した技師は、嬉しくなってつい上機嫌な声を掛ける。 「君は将来有望株だぜ、私の廃天文台に季節の星を卸して欲しい位だ」 「其れって、……契約、」 幼い星捕りに取っては、咽から手が出る程に、魅力的な誘いだった。 「前祝いと行こうか」 技師は、ジャケットから布で一巻きに包んだ、仕事道具である特製の彫刻刀を取り出し、小さな星を、掌で更に粉々に砕く。瞬間、一際輝いて、星の欠片は海に着水した。海に潜った星は、なんと虹色に其々が光を放ち、金剛石の花火が咲いた様だ。 「……凄い、星の劈開を見ただけで割れるなんて、父さんに聞いていたのと同じ、海の色だ。極光の洋幕は出来る?」 「当たり前、」 キンと弾け飛ぶ星は、忽ちふわり、黄緑と紅の波を海中に創った。 「アンタ、名前は?」 「私は《ケンタウルスの時計技師》さ。」 無表情だった技師は、少しばかり笑んで、また一つ星を割った。其の哀しげな表情を星の瞬きが優しく照らし出す。 「かわりに君の名前も教えてくれよ」 「俺は、**」 「では此処に契約は成立した、君が遠い未来、屑と呼ばれる者に堕ちてしまったら、私が美しい鉱物にしてあげよう。然し、君が美しく煌き、光り輝く星を卸している間は、止めておこう」 「其れって脅し、」 「だって私はソウイウソンザイだからね、一応見栄はある」 遠く、地平線から紅を引き連れ、暖かな陽が昇る。其の黄金の陽は、星や鉱物とは違う、圧倒的な華やかさ。 「何だか、名残惜しいな」 「仕方無いさ、私達の時はもう止まってしまった。私は森深い廃天文台に戻るよ、絡繰時計を創らなくてはいけない」 「また、流星群の夜に」 時計技師が星捕りに云うと、渋々といった様子で星捕りも、 「また、流星群の夜に!」 と云った。 帰路の途中、樹々の間を歩く技師は、あの星祭りを思い出していた。何もかもが目映くて、輝いて、美しかった。本当に。 でも。 先刻の夜も、また。美しい夜だった。 そう、ケンタウルスの時計技師は想いを馳せた。
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