ハンムラビミコトノリ

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ハンムラビミコトノリ

ヒャッハー今日は死刑には最高の日だぜ! 天国まですっこーんと突き抜けそうな青空!御日柄もよくご愁傷様死ぬにはもってこいってね。 ところでお前。 お前だよお前。 俺の引率なんて損な役回り押し付けられちまった要領も運も悪そうな新入りの看守、死刑囚に話しかけられるなんざ思いもよらずきょろきょろしてるお前さん。 どうでもいいがちょっと密着すぎだぜ、耳朶に吐息かかって気色悪い。 死刑囚の最後の見送りで力入りすぎてんのはわかるがガッチガチに緊張しすぎ。下半身もガッチガチになってんじゃねーか、なんてよ。 ……下ネタに免疫ねーって童貞かよ。 わかったわかった、そうカッカすんな。お前が童貞だろうが非童貞だろうがこの際些末な問題だよな。 些末じゃねーって?そのへんはデリケートな上に個人の領分だからなあ。 そうだよこの俺様がお前に質問してんだよ、人の話を聞く時はまっすぐ目を見ろってママンに教わらなかったかいボブ? なんで名前知ってんのかって? そりゃお前、プロだからよ。 俺様が何十年ムショにぶちこまれてると思ってんだ?大半の看守たァ顔見知り、中には内緒で煙草やエロ本さしいれしてくれる仲良しもいるぜ。 もちろん不正だよ。そう憤るなってチェリーボブ、刑務所ン中じゃ常識だ。娑婆にゃ娑婆の法律があるようにここにゃここのルールがある。敵にしちゃいけない奴をしっかり見極めて狡賢く立ち回りゃ案外とムショも快適だぜ。 気を取り直して。 そんでボブ、プロの死刑囚の条件って何だと思う? えっ、私語厳禁?いいじゃねえか付き合えよノリが悪いなー、これからこの世とオサラバしようって可哀想な俺様にちょっと位サービスしてくれても罰は当たらねーだろ?まあ当てるヤツはいねーか、地獄行きだもんなきっと。 余興に付き合う心のゆとりは大事だぜ。 軽快なトークは人間関係を円滑にする秘訣。 お前さんは俺の吊られるまでの暇潰しに付き合ってくれりゃあいい、駄賃はでねーけどな。 あ、ズボンの右ポケットにしけった煙草が入ってっから礼にやるよ。 死体漁りはごめん?潔癖なこって。育ちがいい坊ボンはこれだから… 脱線したな。 まあとりあえず聞けよ俺の話。 ほら、何事かって他の刑務官や囚人がじろじろ見てる。押し問答はカッコ悪いぜ。クールなポーカーフェイス気取りてえんだろ?こちとら死後厳禁、口が動くのは生きてる間だけ。最後位ノッてくれてもいいじゃねえか。 お前はほんの五分かそこら辛抱すりゃいい、そしたらこの辛いお勤めから解放されてビアガーデンに飛び入りできるって寸法さ。 で、クイズ。 プロの死刑囚の条件は? 何を隠そうこの俺様はそれを完璧に満たしてる!と宣言する! まず絞首刑の縄にこだわりがある。 そんじょそこらの安物じゃだめだ、死ぬんなら一等丈夫な縄でなきゃ。途中で縄が切れて死に損なったら洒落になんねーだろ?ドMじゃねーんだしただ苦しみもがくだけなんてお断りだね。お前もドSじゃねーならすっきりさくっと即死してほしいだろ。いやまあ世の中には首絞めプレイ好きなド変態もいるし、お前がそっち派って事も……自分はノーマルだ?神に誓って?ふーんじゃあそういう事で。イヤ信ジテルヨ俺ノ目ヲ見ロ。濁ってるって?うるせえ。 で、俺が十三回試した結果アレだ、絞首刑にもってこいの縄はアレだね。ホームセンターで売ってる市販の縄ね。 これがさ、皮肉な話なんだよ。俺が現役の頃使ってたのと一緒なの。 強盗で押し入った家で、その家の人間をふんじばってきゅっと絞めてたのと一緒。 アレが一番人間の首を絞めるのに具合がいいんだ。わかってんじゃねーか処刑人!盲点!やっぱさ、処刑するんならそこまで徹底しなきゃ。目には目を、歯には歯を、縄には縄を。そうやって報いを受けさせるべきなんだ。 刺し殺した奴はナイフで、絞め殺した奴は縄で、轢き殺した奴は車で。 ソイツがしたのと同じやり方で同じ苦しみを贖わせて殺されるべきなんだ。 簡単だろ?罪と罰の単純な帳尻合わせ。 プロの死刑囚の条件って何だと思う? それはな、「殺した人間の分だけきっちり苦しむ」事だ。 えらく殊勝な事を言うじゃねえかって驚いてるカオだな。まあ、俺も反省したんだ。ムショにぶちこまれてな。 俺が押し入り強盗におちぶれたのは生い立ちのせい、酒乱の親父と淫乱の母親、スラム育ちの……ありふれた不幸な生い立ち。 お前も腐るほど見てきたろ。知ってる?調書を読んだ?じゃあいいや。俺様にも話したくねえ事はある、チェリーボーイ。これでも大昔は教会に賽銭するような信心深いガキだったんだ、ブレーキ切り損ねて三回転半して崖から転落しちまったけどよ。 で、モンキーでもできる反省をした俺は考えた。 学のない頭で考えに考えに抜いて、俺に殺された人間の数だけ死ぬ事にしたんだ。 ただでいたずらに苦しむのは割に合わねえ、でも俺の苦しみが殺された奴らの無念の埋め合わせになるなら意味がある。 ツケを体で払うってなァよくある話だ。 死刑?もちろんちゃんと成功したぜ、なんたって縄は丈夫だ。人一人吊るす強度は保証済み。でも俺はあと87人分、87回死ななきゃなんねー。俺の反省がポーズでもフェイクでもねえって証明する為に文字通り体を張ってんだ。 ん?何だよ顔が青いぜ。俺の名前?ジョン・ドゥ……タチの悪い冗談だって?そうだよ、これは身元不明の死体に付ける呼び名で俺のホントの名前じゃねえ。それとも今入ってる体の名前を知りたいのか?だったらコイツはスティーブだ。 もうわかったろ。 プロの死刑囚の条件は一回で死なない事。 死刑ってのは本来一回しか体験できねえ。プロってなァ経験を積んでなるもんだ、しかるに死が一回性の体験である限り永遠にプロの境地にゃ辿り着けねー。 でも俺は一度の死刑じゃ物足りなかった。 吊られても釣り合わなかった。 だからこうしてここにいる。 絞首台に引き立てられる。 幸い新しい死刑囚は次から次に補充される。監獄は満杯だ。俺はツケを完済するまでプロの死刑囚であり続ける、死に続ける為生き続ける。 あの縄が擦り切れてちぎれるまで。 じゃあな新入り。 煙草はズボンの右ポケットだ。間接キッスになっちまうが勘弁してくれ。 また会う日までしばらくさよならだ。
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