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水子のココロ5
努めて冷静を装い、床に落ちた鞄をやけにゆっくり拾い上げて膝におく。
隣の人はもう私なんて気にしてない。挙動不審になって、怪しまれるのはむしろこっちだ。
基本害がないからか、最初に襲った恐怖はすぐに薄まり、続いてなんともいや~なモヤモヤがやってくる。
苦いかたまりが喉に詰まる感覚。
私は教科書なんてたいして入ってない鞄を抱き締め、ぐたっと突っ伏す。
「……やなもの見ちゃったなあ」
赤ちゃんだった存在に「もの」はないか。
しまむらさんに纏わり付いて離れない光は、流れるか堕ろすかした彼女の赤ちゃんだ。死んでもなお成仏できず、お母さんに取り憑いてるのだ。
あれ?じゃあしまむらさんはなんでここに。
二人目ができたとか……いや、二人目とはかぎらないか……ひょっとして、また堕ろしに?ちゃんとした女の人に見えるけど、裏ですごく遊んでるとか。
……だんだんむかむかしてきた。
本当のことなんてわからないくせに勝手に妄想をふくらませて、大人しく座ってるしまむらさんに一方的な怒りを覚える。
ねえ。その子、あなたの子どもじゃないの?
さっきからずっとそばにいるのに、なんで気付かないの?
気付いてあげないの?
表情を険しくする私の視線の先、拳大の光の球は、しまむらさんに懸命に何かを伝えようとしてるかに見える。通訳してあげられないのが歯がゆい。
しまむらさんの肩から頭のあたりを頼りなく漂って、蛍のように儚く瞬く。
これは本当に自慢じゃないけど、私は気が短い。自分が理不尽だとか不条理だと感じたものに対しては、本当に我慢がきかない体質だ。
流れたのか堕ろしたのかどっちかわからないけど、まだ成仏してないってことは、ちゃんと供養もしてあげてないのだ。
さなは将来ちゃんと子供が産めるか心配してた。他にも体が弱いとか高齢だとかで、なかなか子供を授かれない人がたくさんいるのに、あなたはその子を殺しちゃったんですか。
それでまた、ここにきたんですか。
瞬間沸騰した怒りが萎み、哀しみにとってかわる。世の中にはお腹の子供が死んでもなんとも思わない人がいるって聞いたけど、それじゃあんまり可哀想だ。
その時、ツとしまむらさんの視線が動く。痛みを堪えるような目の先、壁に貼られた一枚のポスター。
しまむらさんの手が緩やかに動き、そうっとお腹に添えられる。
「あ」
私は見た。
光の球から一本、手が生える。ぷくぷくした赤ちゃんの腕。
今にも大気に溶けてきえそうな、薄ボンヤリした光が集まって出来た手が、ゆっくりとしまむらさんに伸びていく……
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