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水子のココロ6
ガタン、再び立ち上がる。
話し声が途切れ、待合室の視線を一身に浴びる。
私が呆然と見守る前で、だけどその手は予想を裏切り、僅かに傾いだしまむらさんの頭をぽんぽん叩くだけ。
「…………待って」
私、すごい思い違いをしてたのかもしれない。
伝えなきゃ。言ってあげなきゃ。この子の気持ちを代弁できるのは私しかいないんだから。
今動かなきゃきっと後悔する。
名伏しがたい衝動に鞭打たれ小走りに駆けよれば、お腹に手を添えたしまむらさんが不審げな顔で出むかえる。
悩んでいるような、困っているような、泣きたいのを辛うじて堪えているかのような曖昧な表情で。
「あなたは……?」
「あの、突然ですけど。たぶんすっごいびっくりさせちゃうなとは思うんですけど、見も知らない中学生にいきなりこんなこと言われても困ると思うんですけど、どうしてもコレだけ言いたくて」
自己紹介の時間が惜しい。かなり端折って一気にまくしたて、まっすぐにしまむらさんを見る。
「その子、やさしい子です」
しまむらさんが凍り付く。
「お母さんのこと、よしよししてます」
まだ間に合う。
「その、そばに付いてます。ずっと心配して……お腹をなでる手、元気ないから。どんどんなくなってくから。今度は自分がはげましてあげようってなって」
お母さんがいつもしてくれるまねをして
「それで……でてきちゃってます」
みんなこっちを見てる。顔が熱い。帰りたい。でもダメ、最後までちゃんと言うんだ。
しおれた手。困惑顔。しまむらさんが大きく目を見開く。
「空気読まずに沸いて出ていきなりわけわかんないこと言い出して何コイツって思われるの当たり前だけど、あなたのお腹にいるのがお母さん想いのすんごい優しい子だってことだけはどうしても伝えたくて」
しまむらさんの頭のあたりにとどまっていた光が腕伝いに滑りおり、お腹に吸い込まれるように消えていく。
その本当にちっぽけな光が、かそけき光の靄で彼女の中心と繋がっていることに至近距離に立って初めて気付く。
胎児の残り時間を暗示するような、幻のへその緒。
この子はまだ死んでない。
ちゃんと生きてる。
日毎に元気をなくし、産婦人科の隅っこで悩み続けるお母さんが心配すぎて、うっかり生霊になって出てきちゃったのだ。
生まれる前の胎児に心があるのか、喜びや悲しみを感じるのか、私はよくわからない。
でも、あるとしたら。
「失礼します!」
思いきって頭を下げたタイミングでさなが帰ってくる。
「診察終わったよー。大丈夫だって」
「よかったそっこー帰ろ!」
「え?は?ちょっと」
「あの」しまむらさんが腰を浮かせ呼び止めようとするのを無視、さなの腕を引っ張って逃げるように産婦人科をあとにする。
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