ここは感情図書館

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 走って、走って。  ようやく受付に、一人の女性が座っているのを見つけた。 「すみません……あの……こちらは……」  私は息を整えながら、受付の女性に話しかける。  そばかすの浮いた小柄な女性は、読んでいた本から一瞬顔を上げ私を見た。  そして、もう一度本に視線を戻した後、私を二度見した。 「ええっ……、生きた人間が? 生身の身体で? 正規のルートでここに?」 彼女は、本を閉じ、椅子から立ち上がった。  彼女の緑色のエプロンには名札が付いていた。 『感情図書館(かんじょうとしょかん) 司書(ししょ) (はと) (むぎ)』 「……はと……むぎ……さん……」 「まあ、いきなり女性のフルネームを呼ぶなんて失礼な方ですね」 彼女は眉根を寄せた。彼女の名字が(はと)で、名前が(むぎ)らしい。紛らわしい。 「あの……なんだかいつも利用している図書館と……雰囲気が……違いまして……。それに、感情図書館というのは……? ……私が訪ねたのは、■■市図書館のはずだったんですが……」 私は額の汗を拭きながら、彼女に質問した。 「そうですねえ、ここは、感情図書館です。生身の人間はあまり来られないんですけど。でも一応、手順さえ踏めば、世界中のどの図書館からも、ここへは来られるんですよね」 「手順?」 「『児童書コーナーから一番近い図書館入り口前で、右の靴のかかとを三回鳴らす』……なんですが、どこかで誰かに教わりました?」 「いいえ」 「それは凄い偶然ですねえ。せっかくなので、感情図書館を楽しんでいって下さいよ。普段の図書館とは違うので、面白いもんですよ。まあ、本物の図書館も最高に面白い場所なんですが」 鳩麦さんは、受付から出て、真っ白なハードカバーの本を一冊、私に渡した。
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