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「お名前は覚えておりますか?」
『……キヨカ』
「キヨカさん。では、今は何年の何月か、お分かりですか?」
『……わからない、でも、はだざむいわ、ふゆかしら』
「肌寒いなら、キヨカさんの過ごされた時期は、秋の終わりかも知れませんね」
キヨカさんと言われた人は、肌寒く感じるのだろうか。自分には、軽く汗ばむほどの春の陽気だったのに。
『そうかしら……。きっと、そうね。だからかなしいのかしら。それならこんなになみだがでるのかしら』
「……そうではないと思いますよ。季節の悲しさは、『感情図書館』に訪ねて来られるほど深い悲しみではありませんから」
鳩麦さんの声は、うっとり聞き惚れるほど優しかった。
『わたし、やくそくをしていたの。おともだちと、かつどうしゃしんをみにいこうって……』
「活動写真?」
私は横から口を挟んだ。
「映画のことですよ、お兄さんちょっと静かに」
『そう、やくそくをして……。でもどうしてかなしいのかしら……。やくそくが、まもれなかったからかしら……』
また、ぽろぽろと水がこぼれて、カーペットに吸い込まれていく。
「では、お調べしてきますので、少しお待ちいただいてよろしいですか?」
ちりり、と、鈴の音が聞こえた。頷いたようだ。
鳩麦さんは立ち上がると、私の服を軽く引っ張った。
「一緒に彼女の本を探しますよ、来てください」
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