10、反対側のメッセージ

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10、反対側のメッセージ

 五分休憩のはずが十五分位過ぎて、ようやく戻って来た文連各会長たちは食堂前の自販機スペースで買ったと思われるビタミン炭酸飲料、菓子パンにアイスなどを手にしていた。牧野に至ってはカップラーメンにお湯入れて持ち込んでいる。くつろぐ気満々だ。 「渡辺も良かったらつまんで」  笑っているとジャニーズJrだが話す内容は悪魔的な佐伯会長はチョコクッキーを買ってきていた。この人たちが、狡猾でしたたかなエリート集団なのか? さっき毛利から聞いた話はやはり信じられない。  トイレと空腹を解消し、成瀬先輩の話を期待する男子高校生たちが揃った。 「では、話を続けようか」お馴染み清田会長が窓際スタイルを使って仕切り始めた「それで君がその女性と再会したのはいつ、どこで、どんな感じで?」 「えーっ、中目黒駅。先週の土曜日」  成瀬は少しチャラさを取り戻していた。 「先週って、もう一週間経っているじゃないか報告遅い」  牧野が軽くちょっかいジャブを出す。 「報告義務ないだろう。しかもラーメン食べてるやつに言われたくないなぁ」  成瀬も軽く受けいなす。  始まった、これが毛利の言う要領エリート達のディスカッションとうことだな。 「まぁまぁまぁ、中目黒で運命の二人は偶然再会したと」清田がニヤリとした。 「どんな話したんだい」 「えっ、話はしてないよ」  成瀬はそんなこと聞かれるなんて予想もしていなかったという感じ。 「なんでだよ!」  清田は珍しく語気を強めた。 「なんか普通話すだろ」  チョコクッキーを手に佐伯も文句ある様子。 「それお前プラトニックすぎんだろ」  ラーメン牧野からプラトニックと聞くとは思わなかった。  成瀬先輩はいきり立つ全員をまず落ち着かせた。 「いや状況話すから、よく聞いて、先週の土曜日にここに寄った後、十二時三十分頃に俺は六本木駅から地下鉄のったのね。車内は好いていて俺は座席に座ってそれで音楽聞いててボーッとしてて、『あっ』と思って窓の外を見るといつの間にか地上に出ていた。終点の中目黒駅についてたんだ。ホームの反対側の東横線急行が着てたから降りようとすると、なんか俺を見ているような目線に気づいたんだ。ふと前をみると、反対側の日比谷線の車両にきれいな女子が立ってるんだよ」  成瀬は身振りを加えながら説明した。 「んっ、どういうこと? ホームひとつなの」 「いや中目黒はホームが二つあって、女子がいたのは反対側の恵比寿方面行きの日比谷線これから出発するところね。俺はすぐ下りないといけないから会ったと言ってもほんの一瞬ね。でも顔を見たんだその時メガネはかけてなかったんだけど、間違いなくあの子なんだよ。そんで向こうも俺に気づいたようなんだ」 「いや、それ劇的な出会いだな」  牧野はもうラーメンを食べ終えて感心していた。 「んーまさに劇的」と佐伯も続く。 「今、それ俺言ったよ」牧野が言わなくても良い返し。 「隣の車両にいるなんて成瀬よく気づいたな」  清田が成瀬に聞き返す。「……気配? オーラ? 美人だから?」 「やっぱ顔だな」   成瀬が照れくさそうに答える。 「……美人」  おっ、伊藤先輩が小さく呻いた。 「おい、だれに似てる?」  牧野が興味深々の様子で聞く。これもまた主旨から離れた質問だが、ナイス質問だ先輩!  聞かれた成瀬はちょっと考え込んだ。 「主観だけどね……韓国のアイドルグループの中で大人しい方から二番目位の美人」 (んーよく何か分からんけど、グループによるだろ)  俺はそんなんじゃ納得しない。 「つまり黒髪ストレートってことだな」  清田はそこに共通項を分析する。 「理由なく100%良いね!」と佐伯。 「……いいね」と伊藤も小声で参加。 「その説明だとケバいのか地味なのか基準がよく分からん」  さすがに先輩毛利。まともだ。 「ほんと一瞬だから」  質問攻めにあい成瀬は嬉しそうな恥ずかしそうな表情になった。 (なんかこの人も大分かわいく変わって来たな) 「なぁ成瀬、その辺のことも落語にする上で大事だから、一つ一つ思い出して丁寧に細かく説明してくれ」  清田会長はディテールを促した。 「うん、で俺は彼女だとすぐに気づいて『はっ』として、そしたら向こうも一瞬気づいたようにふと目をあげて俺を見てまた視線を落とした」 「見た! 見たんだな、確実に向こうは意識したんだな成瀬!」  牧野が前のめりに聞いた。 「そこまで言われると、自信ないけど、そんな気がしただけ」 「気がしただけ……」伊藤が小さな声。 「お前はロマンス派か」と佐伯からのパスを「白樺派か」で牧野が返し「後期印象派か」と佐伯が戻す。 「いや意味が全然分からない」  大人な毛利先輩が無意味な茶々を止めさせた。 「確かに一回は見たはずなんだよ。彼女の方の地下鉄が先に動き始めて、俺も乗り換えだから下りないと行けない……」  成瀬先輩はとても真面目そうな表情だ。 「……わかれわかれだ」  伊藤が少し紅潮した顔で言った。 「まさか、それで終わりじゃないよな」  清田が久々に芝居がかった感じで問いかけた。 「だいたい終わりなんだけど、離れていく電車の中でその子照れくさそうに目を伏せ目がちにして、口を動かして俺に何か言ったんだ……」 「もったいぶるな、何て言ったんだ!」  牧野がイライラした様子で問いただす。 「恥ずかしいなぁ」 「言え、言ってくれ、頼む」  何故か必死な牧野。心は乙女なのか? 「成瀬、それだけでも聞かせてもらえれば。十分物語はつむぎだせる」  難しい表現を言い切った清田、後半は噛み気味だったけど。  成瀬は本当に困ったような顔をして「じゃあ言うけどさぁ、笑うなよ」 「分かってる」牧野と佐伯が半笑いで頷く。 「絶対フリじゃないからな!」 「早く教えてくれ」  清田も成瀬をせかす。 「その子は俺に『あ・な・た・が・す・き』と言ったんだ」  成瀬先輩は照れくさそうにとんでもないことを言った。 「まじか」  清田が唖然とした。 「まじか……まどか」  まさかの伊藤がそんなギャグを言ったような気がする。 「まぁ、反対側の電車だからもちろん声は聞こえなかったけど、口は確実にそう言ってた」と自信なさげな成瀬は「…はず」と足した。 「はず?」と清田が聞き返す。  「妄想だ、幻想だ、ないないない」佐伯もおどけて否定する。 「ついにうちの学校にも神秘主義者が現れた」牧野もかぶせて馬鹿にする。 「えっーと、ネオゴシック!」と清田会長も乗っかってしまった! 「レコンキスタ!」さらに容赦ない牧野。 「リバタリアン!」佐伯は暴れながら言った。  訳が分からない。 「全然関係ない」  毛利が笑いを噛みしめながら皆をおさめにかかった。成瀬は一人哀しそうな憤慨しているような顔をしていた。俺も同情したいが、そんな白泉社の漫画のようなことが人生に起こったなんて聞いたことが無い。 「いや成瀬すまん。でも冷静に思い出してみ、本当にそう言ってたか? 今なら電車の再会だけで話を締めれる。でもこれが間違えだと大事になるぞ」  清田が真剣な表情で言う。 「いや、俺も後で何度も考えたけど、多分そうだと思う。俺はDJもやるから、うるさいクラブでも何となく口の動きが読めるんだよ」 「まぁ、俺も信じたいよ。お前がそこまで言うのは珍しいしな」  清田が理解を示した。 「うーん。でもやっぱり……そんなわけないよね」  成瀬も吹っ切れた様子で答えた。 「絶対ない」佐伯がムキになる。 「だよね、やっぱり勘違いだよね。……俺の話は以上です」  成瀬は軽く頭を下げて引きさがった。 「えーっこれで終わりかよ」散々弄んでおいて、まだ佐伯は不満げだった。 「なんだよ気になるじゃないか」毛利も肩透かしを食ったようだった 「いやいい話ありがとう」盟友清田会長が労う。 「で、その時、お前はどうしたんだ」  なぜか牧野は力んだ調子で言った。 「ん、東横線に乗って帰っただけ」 「なんで」 「何でって、どうしようもないよ。電車すれ違いなんだから」 「お前は電車を降りてなぜ彼女を追わなかったんだ」  牧野がさらに力を込めて言った。 「えーっ、もう電車出てんだよ。意味ないだろ」 「はいはい、あれね、そういうプレイスタイルなわけだね」  佐伯が挑発的な表情でかましてきた。 「どういうことだよ」馬鹿にされた成瀬は憤慨している。 「つまり、この世の中で自分のことを好きな人がいるという世界観の中で超然とするスタイルだよ」佐伯の言わんとすることを汲むように牧野が説明した。 「違うよ」 「でどうなんだよ。お前の今の心境は」ただ熱い牧野の言葉。  無責任すぎる佐伯は「お前付き合った方がいい。絶対いい。お前が告れば成立可能性100%じゃないか。こんなおいしい話はない」とまたまた雑な発言をした。  成瀬はまた困った顔に戻った。
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