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12.仮決!ちはやふる系
俺が『公立女子仮決』と書かれたホワイトボードを全員が注視していた。
清田会長はボードの俺の人型の絵に『?』を加えた。
「次はなぜ彼女はドア越しにメッセージを伝えて去っていったかの謎だ。その時の状況をさらに詳しく聞かしてもらおうか成瀬くん?」
「まだ聞くの」
「創作落語のプロットまで、あともうちょっとだ、これWIFIのダウンロード時間より確かだから」
「でももう全部はなしたと思うんだけど」
成瀬は本当に困っていた。
「いやまだあるはず。例えば彼女と再会した時に乗っていた地下鉄の時間とか」
牧野が成瀬に問いつめた
「あと何号車だったか、車体はどこ製か? とか聞いておかないといけないことはまだまだある」
佐伯がマニアックな質問をした。
「車体ってなんだよ、どれも一緒だろ」
「違うんだよ。日比谷線は東武線と直通運転をしているからメトロ13000系と東武70000系があるどっちだった?」
「分かんないよ」
「じゃあ……行き先はどうだった北千住? 南栗橋?」
伊藤もゆっくりと言い終えた。
「反対側だし分かんないよ」
成瀬のいう事がもっともだと思える。
「まぁまぁ、今はどちらもホームドアに合わせて二十メートル四扉の近畿車輛製だ。物理的な違いはない」
先輩牧野が笑いながら話をおさめた。一同頷いている。
この人達詳しすぎじゃないか? さっき鉄研の事メチャクチャ悪く言ってたが、それともこの程度の知識は常識なの? 俺が足りてないの?
「じゃあ、改めて聞く、何号車の何番ドアだった?」
牧野はまだこだわる。
「いやそれ何の関係があるの」
(俺もそれが知りたい)
ホワイトボードの前でサインペンを持って耳をすました。
「その子はきっと学校の最寄駅の出口に一番近いドアに乗っていたはずだ、そこから学校が特定できるかもしれない」
清田が理知的な説明を加えた。
「じゃあ、俺がいつも乗るのが後ろの方だから六号車だな」
「六号車ね。となるとどの車両も中目黒駅では恵比寿側が一号車だから。反対側の車両も六号車だな」
牧野が説明を加える。
「日比谷線各駅の最寄り出口をリサーチすれば絞り込めるか」
清田が冷静に牧野に聞いた。
「恐らくな。ただ霞ヶ関、茅場町、八丁堀など乗り換えの可能性もあるぞ」
「そうなると足取りを追うのが難しくなるな。でも乗り換えしなかった場合で検証しよう、その方が面白い」
清田が楽しそうな表情で言った。
「面白いってなんだよ」
肝心の成瀬を放って話が勝手に進んでる。
「他に聞いておきたいことある人」
清田が挙手を求める。これ学級会なの?
「はい! その彼女が勉強していたのはどんな教材だった?」
佐伯が明るく問いただす。
「んーとね多分ね、古文だな」
成瀬も屈託なく答える。
「どんなの?」清田も興味を持つ。
「それが変わっててさ、今どきノートの左右に書いた和歌の勉強してたんだよ」
「今の時期まだ期末試験じゃないだろう」
「受験勉強にしても和歌だけそんな満員電車でやることないよな」
「その人和歌の何を勉強していたか覚えてないか?」
清田はさらに興味深々の様子。
「んーっ全部ひらがなで書いてあったんだけどさ、『ちはや』とか『はやみ』とか書いてあった」
成瀬は女子の描写が激弱なだけで記憶力は悪くないようだ。
「『ちはやぶる神代も聞かず竜田川、韓紅に水くくるとは』古今集 在原業平だ」
すかさず清田が口を挟む。
「さすが清田すぐ出て来るな」
毛利先輩の覚えもめでたいようだ。
「もう一つは『瀬を早み岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ』鳥羽天皇の第一皇子崇徳院の歌だ」
「ほう、それで」毛利上皇が清田に下問したような感じ。
「この二首が書かれていることは、つまり小倉百人一首だ」
清田はホワイトボードに自ら『百人一首』と書いた。
「公家・藤原定家が別荘・小倉山荘の襖の装飾のため、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院まで、百人の歌人の優れた和歌を一首ずつ選び色紙を作成したので小倉百人一首といわれる」
「丸暗記だな。さすが社会学年トップだけのことはある」
牧野が感心した様にいう。
清田会長ってやっぱり学年トップなのか! でも何が?
「お前が言いたいことがだんだんと見えてきたぞ、つまり彼女がやっていたのは百人一首の暗記だ」
佐伯が姑息な顔になった。
「さらにその先だ、この時期にそれを暗記しているということは、彼女は競技かるた部!」清田はまた大げさに皆の前に指を一本立てた。「しかも一年」
「あっ! すごい手がかりだ、東京でかるた部のある高校となるとかなり絞れるぞ」
牧野のテンションが上がったようだ。
「ここでそこまで絞り込んでいいのか東京とは限らんぞ」
佐伯がネガティブキャンペーンを貼り始める。
「よし、それは俺が調べる。東京で無ければ成瀬の縁が無かったまでだ」
牧野が一方的に引き受けた。
「勝手に人の縁を決めんなよ」
成瀬の憤慨も今に始まった話ではない。
「でも競技かるた部となると、偏差値のラインはかなり高いと見てもいいな」
佐伯がまた小ズルい顔で言った。
「全てを受験時のステータスで判断するのは良くないぞ」
すかさず毛利先輩が注意する。
「また悪い癖が出てしまった」
「我々も気をつけないとな」
何なんだこの会話。
「ここまでの情報から『公立共学高校かるた部女子生徒』の特定と通学パターンを割り出す必要あるな」
牧野が真面目な顔で言った。
(いや、全然必要ないだろ。それはストーカーじゃないか)
「手分けしてリサーチ必要だな」
清田会長まで冷静さを失っている。
「沿線別女子校制服リストは俺がなんとかする」
仕方ないな的感じで佐伯が言った。
「ようし、それぞれのポテンシャルを見せるときがついに来たな」
清田会長が変な宣言をまたした。
(みんな目的見失ってないか?)
俺の心の中は疑問と突っ込みたい要素が満ちていた。が、あくまでも俺は通りがかりの新参者。出過ぎたマネはろくなことにならない。
「いいよ、本当やめて、まじで」
成瀬も露骨に困っている。やっぱり最初会った時のチャラさ具合は演技だったのか。
「どうした伊藤」
それまで黙っていた伊藤が何かいいたそうにしている様子を清田が見つけた。
「……いま百人一首と聞いて思い出したん……古典落語に『ちはやふる』も『崇徳院』という話もあります……」
「何、お前は彼女が落研だといいたいのか、東京の高校で落研があって女子部員となると、調べるまでも無く激レアだ。しかも変わり者」
「いやそういうわけじゃないくて……古典落語をベースに現代風にすれば話にしやすいのかなと……」
「おぉー」「そうだ」「確かに」
皆、虚をつかれたような表情で感心した。
俺も驚いた、脱線しまくったところで、まさかの一番寡黙な男が力技で本線に引き戻した。
「どんな話だ、それ」
「えーっと……ちはやふるはナンセンスギャグ話なので、ちょっと向いてないんですが……崇徳院は広い意味でのラブストーリーで……」
「まじか!」「できる」「運命だ」「仏恩だ」
何人かが伊藤が話し終えるのを待たず食い気味に同意した。
ここまで俺はやりとり聞きながら、この人達の中にある不思議なルールに気づいた。言葉を聞いていても皆んな頭がよく、育ちもいい。
清田は自己顕示欲旺盛だが、リーダーシップを取っているように見えて取ってない。攻めに強いが守りに弱い。
長い話をしている成瀬は、見た目チャラいが実際は素直で天然系。皆んなから突っ込まれる。その割には末っ子体質で可愛がられている。
釣り同好会の毛利さんは、影の指揮者で文連メンバーを見守っているようだ。まとめる力と観察力と話すと説得力がある。
探偵研の牧野は見た目はゴツいが、こだわりが強く熱い。いい加減な発言は許せない正義感だ。あときっとアイドルオタクだ。
そして佐伯はひねくれ者で競争心旺盛。頭の回転が早い。勝負好き。牧野と意見が合う。伊藤はさっぱり何者かはわからないが、人の話を聞いている間も何かを考えている様子だ。全員が一目おいているところを見ると何かすごい特技があるに違いない。
皆共通しているのが知性が高く。育ちが良い。会話のパスプレーを楽しんでいるようなところがある。銀行員の父親の姿、小、中学校で俺は組織はマウントの取り合いだと思っていたが、この人達をみているとちょっと違う。
茶々入れているだけのようでいて、引き受けるところは引き受ける。意見はいう。ふざけているようで議論は進んでおり。小学校の時に住んでいたロンドンのパブリック・スクールのディベートに似ている。話のネタは何でもよくて、彼らにとっては推薦入試までの時間つぶし。
こんなことを分析している俺は何だ。人前では親にも本心は余り見せない。心の中はいつも迷いと悩みで充満している、文連の連中の事も気になって、気になってしょうがない。あぁ、また悪い癖だ。
「よしっ、だいたい材料は揃ったな」清田が今日何度目かの宣言をした。「じゃあ次回の会合はイレギュラーだが、週明け、火曜日の夕方四時に文連ルームに再集合でいいな?」
全員異議なしとの表情。
「牧野と佐伯は今まで出た話から、彼女の学校と学年の特定」
「伊藤は話次回までに考えておいて」
「わかった」
よかった俺にまとめやらせるとか言ってたのは流石に冗談だったんだな。やれやれ、ようやく長い放課後が終わる。見学だけのはずが、ずいぶん時間を取られてしまった。
俺も席を立とうとすると清田が手で制した。
「この中で東横線使ってる人いる?」
「俺は東麻布でバスだ。歩きでも二〇分」と毛利。
「俺、一応東横線だけど」と成瀬。
「伊藤は?」
「上野です」
「東京の西側いないのか?」
「渡辺くん家どこ?」佐伯が何気ない感じで聞いてくる。
「ムサコです」
「んっどこ?」
千葉県出身者には聞き馴染みないんだな。
「武蔵小杉です」
「へー」と成瀬「俺のおじいちゃん田園調布だから。近いね」
先輩、多摩川挟んで田園調布と川崎武蔵小杉は近いけど全然違いですけど、屈託ない言い方でそこに差別的なニュアンスが無かったので別にいいんだけど。
「じゃあ、彼女が中目黒で残したメッセージの推測を君には頼む」
清田が変な言い方をした。
「えっ、そんなの無理にきまってるじゃないですか? だって僕は当事者じゃないし」
「当事者の成瀬には思惑が絡むから頼めない」
成瀬はえっという顔をした。
「セカンドオピニオンを期待してのことだ。最初から諦めていては何も始まらない」
何を始めるんだ、成瀬の解釈こそがこの話の全てじゃないか? そこを俺が検証してもなんにもならない。
「お手数だが、実際に同じ電車に乗ってもらって、付近の高校生の特定と電車のディテールを記憶して来て欲しい」
毛利までが重々しく言う。
なんで、そんなことをと思ったが、俺も気になり始めていた。
「出来る範囲でやらせていただきます」
咄嗟にそんなことを言ってしまった。
「じゃあ、一応やり方とかは牧野から聞いておいて」
「やり方ってあるんですか……」
俺の戸惑いをよそに、その日は解散となった。
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