最終話.報告

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最終話.報告

 そして月曜日。  先週予告されたとおり、文連ルームには会長たちが集まり始めた。  俺にはそこに行かない選択もあった。でも話を聞いてしまった以上は、そういう訳に行かない。この変な人達のことを忘れ去る、その決断をする勇気が無かった。 「今日は定時前に皆な揃ったな、渡辺君も来てくれてうれしいよ」  ハンサム清田会長が俺の方を見てほほ笑む。 「まだ入会テストに合格したわけじゃないからな」と嫌味を言いながらも、毛利先輩も笑顔で俺を歓迎している。 「こっちも、入会はもっと良く見てからら決めますので」  俺も精一杯の冗談の返しをしたつもりが軽くあしらわれた。 「で、どうだったお前たち」  成瀬先輩はデフォルトのチャラい感じに戻っていた。 「分かったよ」  探偵小説研の牧野会長はカバンからコピー用紙を取り出した。 「駅と高校の距離、各学校の部活内容や試験のSNS情報などから類推した。これは裏付け資料だ」  そういうとプリントアウトしたレジュメを配った。 「では発表する。成瀬が勝手に片思いしている女子は、都立三田高校競技かるた部一年だ」  見ると、本当に牧野は、謎の女性の通学する高校と年齢、性格までをプロファイリングしてきた。 「ちなみにこれがネットから拾った写真ね」  ジュニア系佐伯会長がカラープリントをした、某高校の活動中写真、競技かるた部の試合の写真ををみんなに見せた。 「どうだ成瀬、彼女の通学制服こんな感じじゃなかったか?」  丁寧に目の部分を隠した女子生徒の盗み撮りのようなものまであった。 (これ普通はネットで拾えない写真だぞ、どっから手に入れた) 「うーん、多分こんな感じだった」と成瀬が曖昧に返事する。 「お前顔しか見てなかったんだろう」「顔ファンだろ、言ってみろ」  いつものように牧野と佐伯が被せる。 「…そうだ、そうだ」と小声の落語研伊藤もいる。 「まぁまぁ、これで成瀬が見た女子は実在したことになる」  清田もいつものようにまとめにかかる。「俺の友達が三田高校にはいるから、成瀬が希望すればその子の名前も特定できる。会ってみるか?」 「いや、そんなつもりはなくて、俺が嘘を言ってない事を分かってもらえたらそれでいいんだ」  急に成瀬がもじもじし始めた。やっぱりファッション・チャラ男だったか。  「それで俺の話は学際の出し物になるの? 個人名とか特定できることは絶対止めてよ」 「もちろん、そのあたりは充分注意して話を組み立てた。俺と伊藤と毛利さんとで、日曜日ZOOM会議して作った原稿があるから見てみて」  A4用紙にクリップで止められた資料が清田から配られた。 (この人たち、やたら資料ずきだな)  これも高いIQとビジネス志向がなせる技なのか? 今まで俺の周りにはいなかったタイプだ。  資料の表紙には『令和二年 狸穴学園秋季学園祭 文連合同企画概要』と書かれていた。  俺も含めて、初見の成瀬、牧野、佐伯の各先輩が表紙をめくって中身を確認した。そこには発表する新作落語のあらすじがすでに出来上がっていた。  ある日、地下鉄で痴漢を撃退して出会った男女。  男子生徒はそれ以来、体調を崩して学校を休む。教師が聞いても病気ではなく、なんとなく体がしびれるとか、体調が悪いとしか言わない。心配した同級生の友人の数人が家までお見舞いに行くが、その男子生徒は何となく気分がすぐれないとしか言わない。友人たちはそれでも譲らず、「話すまでこの部屋に居座る」というと、「絶対他人には言わない欲しい」と前置きをして、ようやく真相を話してくれる。  電車で女生徒と会って以来、その子のことが気になって心が晴れないという、親友は「なんだそんな話なら俺たちに任せてくれ」と安請け合いする。しかし、ヒントは彼女が電車の中で読んでいた古文の参考書の一文のみ、それが百人一首の崇徳院の歌だった。  ここまでが前半で、概ね成瀬の話を元に、上手くぼかしつつ学園ラノベタッチの導入にしている。  そして後半は語りの伊藤の他に、舞台に出演者が立つ演出になっていた。  友人たちはその日から街をウロウロしながら、女子生徒がいそうな場所を適当に推定。ブックオフやファーストフード店に入っては大声で会話。その節々に「それはまるで、『せをはやみ』だな」「まさに、『せをはやみ』」などをわざとらしく挟み込んで、周りのリアクションを探る。そんなことを繰り返しても、手がかりが見つかることはなく、気持ち悪がられたり、大声を注意されたりと、数日間かけて一切が収穫がない。  片思いの男子生徒は夜寝られず、食事も喉を通らないと苦痛を訴えだす。  友人達は「こうなったら恥も外聞もない」と、お揃いのTシャツを作ることにする。胸には「崇徳院」、背中には「せをはやみ」の歌がプリントされたTシャツを着て、混雑する地下鉄を乗ったり、竹下通りを崇徳院を読み上げながら練り歩いた。捨て身の作戦もすぐには効果はなかった。しかし、その姿が外国人観光客に注目されユーチューブに上げられる。やがて世界中に「日本の変な風習」としてたちまち拡散する。  ネット上だけでなくテレビにも取り上げられ話題になっていく。学校や、親にも「これはお前ではないか?」とバレ始め、「何の意味があるのか」と詰問されるが、友人同士の約束があるので理由は話せない。そんな辛い日々の学校終了後、駅のトイレで着替えて今日も揃いのTシャツで渋谷へ向かっていると、地下鉄で隣の車両に「崇徳院」と書かれたトートバックに、百人一首と書かれたTシャツを着た女子高生が立っていた。一同が「いたーっ」とばかりにその車両に駆け込むと、向こうも気づき「いたーっ」となり大騒ぎになる。 「あなただったんですね。今から寝込んでいる友達と会ってくれ」と説明するが、どうも様子が変だ、彼女から事情を聞くと、その子も代理人で、恋煩いで寝込んでいる友達を助けるために男子生徒を探していたという。  お互いに友人同士が探していたという話。    落語の元ネタは知らないが、これはつまり一種のラブコメだと思った。 「どうだ成瀬、気に入った?」  清田が成瀬の反応を伺った。 「うん、いいと思う」 「伊藤が舞台センターで座布団の上で落語を語りながら、清田と牧野と佐伯で実際にTシャツ着て芝居をする」  毛利先輩がプロデューサーとしての側面を見せて、演劇的要素も取り入れダンスもするという。 「ラスト、髭男かけて、最初笑わせて、ラストはジーンとさせたい」  音響を担当する成瀬も乗って来た。脚色されたことで自分の話から離れた安心感、モテの要素も忘れない。 「本当に面白いと思うよ」と牧野と佐伯も喜んでいる。  俺も、この人達優秀だなと感じる。 「おい伊藤、ところでオチはどうする」  と、清田が急に話を伊藤に振った。  それまで話を聞いているだけだった伊藤は困ったように顔を下に向けた。 「そうだな……」 口をわずかに震わせながら、意を決したように全員の顔を見た。「主人公が『告白するときっと彼女驚くよね?』と友人に恥ずかしそうに聞きました。すると友人は『安心しろ、共学だけに驚くことには慣れております」  話終えると伊藤は机に両手をついてお辞儀した。  一同一間の沈黙。 「……んっ」顔を上げて思わしくない様子に「驚愕と共学…」  伊藤は小声で補足した。 「うんいいね」  慌てて食い気味に清田が反応した。 「決まったな」 「いや良くない。全然落ちてないだろ」 「ハハハは、でもいいじゃないか良いオチだよ」  円満な空気が部室に満たされた。 「狸祭りには、三田高校の生徒も来る。上手く行けば、学祭中に本物が現れるかもな成瀬!」  清田が成瀬をからかう。 「困るわ、まじで」  皆んな笑顔で、一番の盛り上がりを見せる文連ルーム。  いや、素直にすごいぞ文連。  リサーチしてきた牧野と成瀬の情報網と行動力。日曜日にテレビ会議でストーリーを作り出した清田と伊藤と毛利先輩。文才のない俺からすると、とんでもない才能だ。コミュニケーション力もディベート力も高い。  やはりすごいぞ文連会長たち。 (男子校も悪くない、俺は文連に入りたい)     しかし、そんな円満な流れの中で、一人部外者の俺の存在に毛利先輩が気づいた。 「ところで渡辺くんの調査はどうだった?」 「そうだった、忘れてた。渡辺、無茶ぶりして悪かった。でどうだった?」  清田も爽やかに聞いてくる。 「えっ、いや僕のことはもういいじゃないですか、学祭の概要も決まったんだし」   俺は何とかこの場をしのごうと、他の先輩に助けを求めた。 「いや怪しいぞ。大ネタ持ってそうだな」  佐伯が疑い深い目をした。 「いや、そんな。何もないです」 「怪しい」と牧野が笑顔を消した。 「ネタをだせ」 「まさか、もうすでに彼女と会ってるとか?」 「今日実はどこかに呼んでて驚かせようとか?」 「気が早いよ。ハハハは」  そんなノリにも俺は全く乗れなかった。 「元気ないなぁ。これは君の入部試験でもあるんだよ」 「すいません。何も分かりませんでした」 「本当か?」  清田も俺を疑い始めた。 (しまった!)   最初に清田に言えばよかったんだ。『いやー結局僕は何にも見つけられませんでしたよ』と最初部室入る時に一言、清田会長に打ち明けておけば、この人の性格上味方になってくれたはず。  しかし今や、空気は完全アゲインスト。この前の議事進行を見ていても、清田はアシストは出来ても流れを変える力はない。 「……力不足でした、申し訳ないです」  神妙な表情で謝ってみた。 「いや、渡辺くん。君は何かを知っている。俺には分かる」  優しかった毛利さんが俺から目を離さない。 「君みたいなタイプを俺は何人も見てきた。約束は反故に出来ないはず。なぜ女子生徒は日比谷線のすれ違いで、成瀬に愛の告白をすることにしたのか? きっと彼女目線で調べてくれたことだろう。なっ?」 「はい、一応……」俺は毛利の圧迫に負けた。 「やっぱり」「でどうだった?」  皆が俺に注目する。 「いや本当に、僕の調査はやっぱり基本がなってないと言うか、仮説の粋をでないと言うか……」  俺は言うべきかどうか迷っていた。 「仮説ということは、何かしらの疑問を持ったんだな」  もうひとりのゴツい男・牧野会長も圧力をかけてくる。 (やばい、どんどん泥沼にはまっていく)  俺をこれ以上追い込まないでくれ。 「俺たち分連は、同調圧力というのを一番嫌う。少数意見を無視しないというのが、モットーだ。どんな事でもいい、君を馬鹿にしたり、蔑んだりする人間はここにはいない。なぁ」 「そうだ」「そうだよ」「言ってみな」  成瀬や清田も満面の笑みで頷いていた。 (それが同調圧力なんだよ)  もう、せっかく俺は調査結果は忘却のフォルダに掘りこもうと思っていたのに、どうなっても知らないからな。 「じゃあ、手短にお話します」  俺は、日曜日に地下鉄を二往復して調べたことを説明し始めた。しどろもどろの話を、一同は真剣な表情で聞いてくれていた。しかし俺は肝心ところになると言葉が出てこなくなった。 「それで、君の仮説はどうなんだ、二往復目に乗った車両で君は何を見たんだ」  清田もこういう時は優しくない。 「いえ、もう今はそっちの線で話が進んでいるんなら、俺はもう用無しなので、気にしないで下さい」 「なんて書いてあったんだ、気にするな言いたまえ」  毛利の圧迫取り調べ。 「はい、『朝型、注意』って書いてありました!」 「どういうことだ」 「分かるように、説明してくれたまえ」  俺は気が進まないながらも、気がついたことをそのまま記すことにした。  まずテーブルの上にコピー用紙を置いて、問題の二つの言葉を書いた。 「あなたが好き」 「朝型注意」 「この言葉がなんだ?」 「全然関係なさそうだが…」  これだけでは会長たちも何のことだか分からないようだ。  次に俺は、二つの言葉をローマ字で書いた。 「ANATAGASUKI」 「ASAGATACHUII」  まだ一同は不思議な顔をしていた。 「では、次に二つの言葉の母音を比較します」  そういうと俺は地下鉄で一生懸命喋っていた赤ちゃんの口をみて、ひらめいたことを書いた。 「あなたが すき」 → 「ああああ うい」 「あさがた ちゅうい」 → 「ああああ いううい」 「この二つの言葉……音は全然違いますが、母音はほぼ一緒口の動きは似てくると思います」  俺の声は震えていて小さかったが、それだけで会議室の空気が凍りついた。  誰も何も言おうとしない。 「あくまでも私の思い付きです。気にしないで下さい、さっ、演目の打合せの続きをして下さい」  俺は議事の再開を促した。   毛利は目をつぶって、「つまり君は、女性はドアのガラスに張られた本のコピーを読んだに過ぎんという訳だな」と不機嫌そうに言った。 「……同じ時間の同じ車両に乗って、その可能性もあるのかなぁと思っただけですので」 「清田、その場合どういうことになる」  成瀬が恐る恐る聞いた。  答える清田の表情は神経質に引きつっていた。 「我々のロマンス推理は完全に間違っていたことになるね」 「あー仮説です、あくまでも、一つの案ですので気にしないで下さい」 「いや違うな、彼女の目線が伏目勝ちだった理由も説明がつく」  佐伯が地下鉄の資料を見ながら言った。 「バン」牧野が机を叩いた。 「渡辺くん感服した! 君の説には説得力がある」  新作落語を意気揚々と作り上げた伊藤の肩が丸まった。 「……そうだったのか」 「そうだな、それが真理だ」  毛利が低い声で言った。  清田が立ち上がった。 「思った以上に君は優秀だったな。渡辺くん」 そして冷たい目で「君は合格だ。外画部に正式に入部を認める」と言うと、俺に背を向け部室を出ていった。 「あっ、なんかすいません」 「君が気にすることでは無い。本当の正解は大抵予想外なものだ」  毛利先輩が俺の肩に手を置いて慰めてくれる。 「俺もそんな気はしてたんだよ。はぁー」  成瀬が大きなため息をついて部室から出ていった。  牧野はもう話から外れて文庫本を読んでいた。  佐伯はスマホで株価をチェックをし始めた。  伊藤はずっと固まったままだ。  一時は活気づいた文連ルームにまた、先週のどんよりとした空気が戻ってきた。    でも、これだけは言いたい。 「だから俺は言いたくなかったのに」   (終わり)
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