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2、ダンスィー問題
俺は担任に言われた別館に向かった。
場所は知っていたが初めて行く。本館と体育館の間の通路を抜けると、都内港区とは思えない広い庭の林の奥に和洋折衷の不思議な建物が立っていた。入り口の門の横には文化財と書かれた看板が立っていた。それによると、この建物は元武家屋敷だった敷地を学園で買い取り拡大した時に、付いてきた築80年を越える貴重な建造物だと書かれていた。
「大丈夫なのか入っても」
中に入ると暗くひんやりとした廊下を進んで、大理石の階段を登った二階の奥に「狸穴学園文化部連合ルーム」と墨で書かれた木製の看板が掛かっていた。
引き戸の前に立つとノックした。
「失礼します」
するとドアの向こうから「どうぞ」との声がした。
部屋に入ると中も薄暗くかび臭い。あちらこちらにダンボールが山積みになっており、壁には古いロッカーがぎっちり並んでいた。
「倉庫なのか?」
部屋の真ん中には長テーブルがあり、それを囲んでベンチが雑に置かれていた。
「君、誰だ」
窓際に逆光の中、背の高い人物が外を見て立っていた。その人物は振り向くと「見かけない顔だね」と言った。
君と初めて言われたが、その声は何か違和感を感じた。つまり、変な声だった。
「あのー、大阪の森ノ宮学園からの転入してきました4Dの渡辺佑(わたなべたすく)といいます」
相手を上級生と見て俺は簡単な自己紹介をした。
「なるほどね、道理で知らない訳だ。僕は6A清田。よろしく。それで君はどうしてここを訪ねて来たんだい? 迷子でもなさそうなね」
その人は前髪をかき上げた。不自然な口調とも相まってなんとも芝居がかっている。
「あの、岡部先生に言われて文化部の説明を聞くように言われて来たんですが……」
「ふん、そうか、転入生、そういうわけか!」
その人は手を叩いて頷いた。(なんだその不自然な動作!)
「なるほど、つまり君はまだ部活に入ってないんだね。それはそれは良いところに来た。僕が外画研会の会長をしている。なんでも聞いてくれていいよ」
(やっぱりこの先輩、変だ。言葉、しゃべり方、仕草、全てが変だ)
それだけで俺はもう帰りたくなってきたが、担任からはマストでどっか入れと言われているので、一応話を聞いたという既成事実は作らないといけない。
「単純な質問なんですが、外画研って普段はどんな活動をしてるんですか?」
「まぁ突っ立ってるのもなんだ、君は座り給え」
そう言って先輩は俺に席を薦めた。でも自分は座らず不自然な笑みを浮かべてこちらを見ている。不気味だがよく見ると顔はモデルの様に整っている。きっとこの人はナルシストだ。
「外画研の活動を語る前に、まずその成り立ちから知ってもらいたい。外画研究会の歴史は古い……始まりは昭和七年。5.15事件が起こった年といえば分り易いかな。今年で創立88年という伝統は当校では野球部に次ぐ歴史を誇る。そもそもの始まりは、かの喜劇王チャップリンの初来日時に、『これからの仏教はヨーロッパ世界へ広く知らしめなくてはならない』という当時の校長聖人の考えで作られた。『海外の映画と文化に広く親しみ、学生の教養向上の為に貢献すべし』と、最盛期には部員百名越えていた校内最大勢力。活動内容も独画班、仏画班、英画班と三カ国に専門も分かれ、独画班は当時の東条英機首相から直々に表彰を受けたという。まぁ東条は東京裁判で死刑になったけどね」
清田は立ったまま、この長い説明を一気にそらでしゃべった。もちろん不自然な口調で身振りをしながら。
「しかし、そんな伝統ある部活も創部九十年を前に、今や絶滅寸前だ」
次は首を左右に振ると自嘲気味な言い方になった。
(分かった! この感じこの人絶対ラノベにはまっている。前の学校にもいたぞ、そしてきっと声優志望だ絶対この人)
俺は話を早く切り上げたくなった。
「あの、今は具体的にどんな活動しているんですか?」
「活動ね、君はそんなことを本当に知りたいのかい。先に決めてからでも変わらないぞ」
(いや、めんどいぞこの会長)
「選ぶにしても、一応何をやってるか知っておきたいと思いまして」
俺は当たり前の質問をしているつもりだ。
「まぁ、現在は主に映画を観ているのかな」
「かなですか、皆で映画館に行くんですか?」
「いや、他の人がいると気が散るんで、だいたい僕は家でDVDかアマプラで観てるね」「えっ家でですか? 一人ですか? 今部員は何名いるんですか?」
俺の食い気味の質問にペースを崩された様子の会長は、不機嫌な表情に変わった。(ナルシストで神経質な人か?)
「僕ともう一人、六年(高三)がいる」
「えっ、たった二人だけですか?」
「まぁ、二人と言っても、そいつは鉄研との掛け持ちだから、1.5人だね。君を入れて2.5人だ」
「まだ入るって決めてませんけど」
「はははそうだね。僕ら六年は文化祭が終わると九月一杯で部活を卒業する。そうなると在籍0.5人という本当の幽霊部活になるね。はははは」
ははははって何だ。家でDVDを観るだけの部活。そんな部活があるわけない、俺はからかわれているような気がして腹が立って来た。
「ホンマは何もしてないんですね」
興奮すると大阪弁が出てしまう。
「そんなことはない。毎年、文化祭では研究成果を発表することが義務づけられているからな」
会長は太めのいい声を出しはじめた
「どんなことしたんですか」
「昨年はミッション・インポッシブルのイッキ見イベントを開催したよ」
「どんなイベントなんですか?」
「ツタヤでDVDを借りて来て来て、文化祭一日目にI 、Ⅱを、二日目にⅢとゴーストプロトコルを上映した」
「……ただ映画流しただけじゃないですか」
「全然違うよ。吹き替えだよ」
(吹き替え上映って普通だろ!)俺は会長の言ってることが理解できず黙った。
「上映の際に映画の音を全部消してだね、テレビモニターの横に立って。登場人物のセリフを生で吹き替えをするという他のどこもやってない発表だよ」
(そんな無駄で邪魔なことやる人がいるわけない!)
「発表は誰がやったんですか」
「僕がイーサン・ハントの大量のセリフを一人で担当。もうひとりに他の出演者のセリフを全部やってもらった」
イメージがわかない。
「音楽とか、爆発とかの音はどうするんですか」
「音を消してるからそんなものは聞こえない」
これはいくら何でもひどすぎる。映画の研究でもなんでも無く、ラノベ会長は声優・森川智之のマネをしたいだけだ。
「すいません、ちょっと考えさせてもらいます」
「もうちょっと説明をしようか?」
「いえ、他の同好会も見ておこうと思いますので」
俺はベンチから腰を浮かした。
「だったら、そのままここに居ればいい。今から文連総会だ。他の同好会・研究会の会長が集まることになっている」
外画研の清田会長曰く、狸穴学園では十人以下の部活は同好会・研究会というランクに格下げされる。部室がなくなり、部費が少なくなり、専任の顧問が付かなり、正式な部に比べて存在感が薄くなる。その少数派閥が集まって学校側に相談するのが文化部連合、略して文連の役割という。
俺は先生からさっきもらった入学パンフをポケットから取り出した。
手書きの説明欄には、「文連」というくくりの中に、外画研究会、落語研究会、釣り同好会、ラジオ研究会、探偵小説同好会、現代文化研究会という六つの研究会・同好会が書かれていたがどれも説明がない。「落語」と「釣り」はだいたい活動内容は分かるが、「ラジオ研」って作るのか聞くのか? 「探偵小説」って他に文芸部があるのになんでそんな限定する? 「現代文化研」は「外画研」同様、何をしているのか名前からは全く分からない。
しばらくするとザワザワと制服姿の六年生(高三)が次々とルームに入って来た。
「よお」「よお」「よお」とお互い気楽な挨拶をすると喋り始めた。でも話はマンガとゲームの話ばかりで一向に会議の始まる気配はない。外画研会長も俺のことはほったらかしでそいつらとジャレ始めた。集まってきた上級生を観察すると見た目はバラバラで統一感がない。
眼鏡で色白で異様に神経質そうな人、長髪金髪のチャラい人、デブでヒゲをはやしたどう見ても三十代のおっさん、ジャージを着たデカイ柔道部のような人、小柄で目が大きいジャニーズジュニアっぽい人。そしてナルシストで中性的な見た目の外画研のラノベ会長。説明されないと誰がどの部なのか見当がつかない。
でも全員バラバラで個性的だが共通するある雰囲気を出している。
俺は気づいた。この人たち、きっとあれだ……。
多感な中高の六年間を女子の目を気にせず、コンプレックスゼロで平和な生活を送ってきた人たち。自由な校風からヒエラルキーも無く、そこそこのエリートとして家庭で甘やかされ、バイト禁止なので親からもらう小遣いで好きなものを買い。のびのびと好きなことに気兼ねなく没頭する十八歳。
(あれだ、この日本で最強の人類だ!)
俺には甥っ子がいる。一番上の姉が実家に六歳の男の子を連れてきてはいつも愚痴っている。幼稚園でも女の子は社会性があってコミュニケーション力もあるけど、男の子は男子同志でつるむ割には、わけのわからないことで泣いたり叫んだり笑ったり、変なことに執着したり、喧嘩したり瞬時にじゃれ合ったり、母親を含む女性一般からすると『全く意味が分からない』らしい。「私は男の子の考えている事全然理解できない」という。母も下の姉も同意見と頷く。幼稚園男子を持つ母親達はその共通の悩みのことを侮蔑したように「ダンスィー問題」と言ってた。
そんな「ダンスィー」の正常進化系が今目の前にいる彼らだ、きっと、そんな気がする。
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