4、文化系ヒエラルキー

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4、文化系ヒエラルキー

「邪魔するよ」  突然、文連ルームの引き戸が開き数人の高校・中学生が入って来た。 「あれぇ今日は大勢集まってますね。部員増えたんですか清田さん」  名指しされた清田が入って来た高校生の一人に冷たい視線を向けた。 「ふん、文連の土曜会を忘れたか。諸橋くんよ」 「そうでしたね。そういう会ありましたね。すっかり忘れてました」  諸橋と呼ばれた男は、殺し屋の目をした清田を気にせず、ルームの隅にうず高く積まれている段ボール箱の確認を始めた。  ここに荷物を置いているという事は彼らも何かの同好会なのか? 「諸橋くんよ、君もたまには外画研に顔を出したまえ」  清田は確かにそういった。 (外画研に来い? ということは、この人は外画研部員なの) 「外画研はとっくに辞めましたよ。もういつまでも嫌だなぁ」  侵入者の諸橋くんは後輩数人に指示して、次々と段ボール箱を運び出して行った。 「鉄には部室があるんだからルームの荷物を早く移してくれよ。サーバー置きたいんだけど」  現文研のジャニーズJr風佐伯会長が嫌味を込めて言うと。諸橋は何か言いたそうにこちらに目をやった。 「んっこちら、新人ですか?」と俺に気づいた。 「そう、大阪から転入してきたナベ君」  ラジ研実質DJ研の成瀬会長が俺を軽い感じで紹介した。 (入ってないし、勝手に決めないでくれ)  諸橋は俺の方を見た。 「へぇ、物好きがいるもんだなぁ。悪いことは言わないから、部活は人数の多いところに入らないと大学受験の情報も入らないよ。ウチは転入生はいつでも大歓迎だよ。なぁ」  段ボールを運んでいた部員たちも揃って笑顔で頷く。 「活動は週一回だけだし、よかったらいつでも来てくれよ。きっと一生の友だちが出来ると思うよ」 (一生のともだち……)  どこの誰かは知らないが、今日イチでまともな勧誘に俺は胸が熱くなった。 「はやく出ていけ、会議の邪魔だ」  探偵なんとか研の会長牧野が追い払うと、侵入者はダンボールを抱えてルームを出ていった。  何か説明あるかと思ったが、文連の各会長たちは何事も無かったように、それぞれまた元のヒマつぶし行為に戻った。   「えっあの、今の人たち誰ですか?」  状況が良く分からないから当然の質問をした。 「あぁ、あいつら鉄研の事は君は気にしなくていい」  清田会長は邪険に答えた。  そうかあの人たちが鉄道研究部なのか。文化系部活の最大派閥として100名近い部員を持ち、文化祭では子供も操作できる鉄道模型で大人気。俺のクラスに何人もいる。進学も抜群に良くて東大理系合格者を毎年複数名出す。文化系部活の雄、真性オタクの楽園と言われる狸穴学園を代表する有名部活だった。鉄道には何の関心もないが、部員が多いという事はきっと何か面白みがあるに違いない。卒業までの腰掛け部活としては悪くない。少なくともここにいる人たちより随分まともだ。これこそ俺が探していたものじゃないか?  その時目線に気づいた。  俺の心の迷いを見通しているかのように清田会長がジッと見ていた。 (何だ、何か言いたいことがあるのか?) 「転入生の君は、あの団体の黒い噂を知らないんだな。そうかじゃあ、話すしかないな。毛利さんお願いしてもいいですか」  清田はルームの隅でゲームをしていたうっすらヒゲの釣り同好会ダブり先輩毛利に話を振った。 「鉄道研究部も元は俺たち同様文連所属の研究会の一つだった。長い間平和にこの部室で共存していたんだ。しかし、十年程前に強引な勧誘により急激に部員を増やし部に昇格。一方我々文連の研究会・同好会はその影響で急激に細り始め、現に俺が入学してからも東欧研究会、粘菌研究会を解散に追い込んでいる。そのくせ、いまだにこの部屋の三分の一を鉄研関連の荷物で占拠している。何でか分かるかい? あいつらは全ての文連所属団体の廃部をも目論んでいるだ」  ひげのダブり先輩は遠くを見るような目をして俺の反応を探っていた。 (どこが黒い噂だよ。それはお前たち負けた側のねじ曲がった考えだ)  心では強く思いつつ言葉では後輩らしく「そんな、おおげさな」と控えめなリアクションに止めた。 「いや、君は分かってない。現にさっきの諸橋は元々外画研で将来の会長候補の逸材だったのに、鉄研に拉致同然に勧誘されて洗脳された。前は可愛くてあんな性格じゃなかったのに」  清田会長は目を半眼にして嘲るように言ってのけた。 (あぁなんて心が狭い人たちだ)  この人たちには部外者としての俺の冷静な見解をぶつけるべきところだ。 「皆さんのところの部員が減ってるのは別の理由とちがうんですか? 部員増やしたいなら、もっと積極的に活動をアピールすればええやないですか! 僕も先生に言われるまで全然ここの部の存在しらんかったですよ。自業自得やないですか?」  話しているうちに関西弁になり生の本音を先輩にぶつけていた。先輩たちを傷つけてしまったかもしれない。  反応をしばらく伺うが、六人の先輩達は平然として堪えて何も言い返してこない。「……あくまで参考意見として」と言い訳しようとした。 「あのな、部活って言うのはなその時の気分で決めるようなもんじゃないんだよ。それまでの生きてきた証なんだよ。なぁ?」  角刈りの牧野先輩が言った。 「そうだそうだ」「いいこと言った」「異議なし」  そこにいた弱小部活会長全員が頷いた。 (生きてきた証ってなんだよ! 意味分からん)  俺の不可解な表情を不服と解釈したのか、牧野が続けた。 「人生って言うのは選択の連続なんだ。今日昼に焼きそばパンを食べた人間は、ラーメン、カレーを捨てて選んだというわけだ。一つ一つの選択が未来を決めていくんだよ」 (何の話を今度は始めた?) 「大学も会社もランキングで上位だから、ネットで評判がいいからと、他人の意見を鵜呑みにして選択していった時、君の人生はどうなると思う?」  現文研の佐伯会長もカットインしてきた。 (いや、そういう話だったっけ) 「でも人生それぞれだと思うんですが」俺も何とか負けじと言い返した。 「違うね、それは他人の人生の上塗りに過ぎない。死ぬ直前ハタと気づくわけだ、これは俺の生きたかった人生じゃないと」  佐伯がさらにまくし立てる。 「ちょっと、良く分からないです」 (痛いところを突かれたから言いくるめるつもりだ! この論法に乗っかってはだめだ) 「渡辺くん。君には今はまだ良くわからないかもしれないが、俺たちは皆日々考えてるんだ、どう自分の人生を悔いなく送るか? その為にどう高校生活を組み立てていくか?」  ポーズを決めながら清田は相変わらずいい声。  頭では抵抗していても、正直俺は怯んでしまった。この人たちがいう詭弁に何か大事なことが含まれているような気がしないでもなくなってきた。俺には昔から人の心の動きに影響を受けやすいという弱点がある。  でも、今の話は完全に論点のすり替えで、言葉遊びだ、その根っこには鉄研へのやっかみの裏返しに過ぎない。そうだ、俺はこんな奴らに言いくるめられるような軟な人間ではない。転校人生でイジメや偽善者の姿を沢山見てきた、その辺の連中より人の表も裏も見てきたはず。言われっぱなしでいるわけにはいかない。用心深く観察して、この連中が何者か見極めた上で、論点の穴を突いて言い負かしてやりたい。そんな気持ちが心に芽生えてきた。  でも今日は見学に来ただけだ、軽率な言動は控えて冷静になろう。そうだ日を改めて来たほうがいい。   「そろそろお邪魔かと思うので私はそろそろ」  先輩たちのお話腹に落ちました! という顔をしてこの場を去ろうとした。  「何でだよ、良いじゃないかせっかく来たんだから。もっと俺たちのことを知ってくれ」  椅子から腰をあげかけた俺を牧野先輩に両肩を押さえられた。 「これから大事な文化祭での合同発表会の中身を決めるので、君には書紀をやってもらいたい」  やっぱりこの人柔道部だろう、ものすごい力で身動きが取れない。 「でも僕まだ……決めてないんで」 「決まってるんだよ。君はもう外画研究会の一員だ」  清田会長は最初と同じ窓際に立ってそう言い切った。
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