5、存在有理

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5、存在有理

「そんな、勝手に決められても困ります」  俺は勢いにまかせて高校生活を決めてしまうほどウカツな男ではない。むしろ慎重すぎるくらい慎重だ。 「冗談だ。でもせっかくこれだけ会長が集まってるんだ、もうしばらく見てから、決めてはどうだい。なかなかこんな機会はないからね。ねっこれも何かの縁だよ」  清田会長のラノベテイストの猫なで声は充分怪しいが、ここに揃った変わり者の人となりは確かに興味深い。また文連所属の同好会&研究会がまとめて比較できることになる。 (まぁもう少しだけならいてみてもいいかぁ。これ清田会長貸しですからね)  改めて、清田はテーブルに揃った面々を見回すとまた良い声を出した。  「さぁ!今日こそ祭りの出し物を早急に決めないといけない。締め切りはとっくに過ぎている。それぞれじっくり考えてきてくれた名案を発表してほしい」  この上から目線の清田スピーチにルーム内は静かになった。 「それなー」  軽い感じでDJ研の成瀬が軽い相づちを打つだけで、他の誰もその後に続かない。 「んっ」   なぜか清田会長は俺の方を見ている。何だ? 何か発言しなきゃいけないのか? 「渡辺くん、何か言いたそうだね」 (いや、何も無いよ、何も関係ないよ)  ただここは一応、気になったことだけ聞いた。 「あの、祭りって何のことですか?」 「それは狸祭(たぬきさい)に決まっている」  清田が平然と言った。 「えっ、まだ決まってないんですか?」  俺が驚いたのはその名前ではない。  学園祭のことを、我らが狸穴学園では名前にちなんで「たぬき祭」と名付けられている。この名は恥ずかしいことこの上ないが、今問題なのは学際の出し物をここにいる会長たちは決めていないということだ。今日は九月一週目の土曜日。学園祭は十月の十、十一日の二日間。  もう一ヶ月しか残ってない。学際で配るパンフレットの印刷締め切りはとっくに終わっている。三か月前に俺のクラス有志の出し物は「あえてタピオカミルクティー屋」で決まっていた。 「確かに、遅れてしまっている」清田は大げさに沈痛な演技で言った。 「致命的に遅れている」探偵研・牧野が他人事のような顔で被せた。 「でも、間に合うんですか?」俺は念の為聞いた。牧野会長は「分からん。一応パンフには『おたのしみ』で出しておいたから大丈夫だ」と言い放った。 (いい加減だ! いい加減な人たちの集まりだ) 「でも、もし出し物決まらなかったらどうするんですか」  いい加減な人たちなので軽い感じで聞いてみた。  急に全員が俺を見て黙った。 (んっ、今さら何か気に障ったのか?) 「じゃあ去年みたいに吹き替えはどうなの?」  現文研の佐伯がスマホをいじりながら投げやりに清田に聞いた。 「ダメだよ。お前見てないだろ? 大不評だったろ」  探偵研牧野が太い声で応えた。 「生吹替ウケなかったよね。しかも入室後は途中出入り禁止というのも後でクレーム来たよね」ラジ研の成瀬は半笑いの表情だった。  清田会長は頷く。 「まぁ、鑑賞するからにはそれなりの覚悟を持ってほしかったからね。価値観の違い感じたね」  一同はまた「だな」「確かに」「異議なし……」と会議はまた無言に戻った。 (おい、おかしいだろ! わざわざ観に来てくれた人になぜ負担かける。しかも文化祭は他校の女子との合法的接触チャンスじゃないか? どこの学校でもあらゆる手段で客を集めるのが普通だろ、この人たちのねじれた思考法は何なんだ)   俺は口には出さないが、腹の中で疑問と突っ込みフレーズが落ちゲームのように溜まった。 「そうだ、せっかくだから見学くんの意見も聞いてみようじゃないか」  心の内を見抜いたのか牧野から突然無茶振りが来た。 「いや、そんな事言われても困ります」と殊勝な前置きをしつつ「無責任な完全部外者として言わせていただきますと、ここまで準備出来てないなら、今年は見送るしかないんじゃないですか?」  適当にでも正論を嫌味に言った。 「いやそれは出来ない。そんなことしたらここにいる六年全員地獄行きだよ」  留年の毛利先輩が急にボソッと言った。 「ひーっ」落研伊藤が大きく息を吸い込む音がした。 「ふん、そういう訳にはいかないんだよ」現文研のジュニア会長・佐伯は何故か俺を睨むような目つきで口を挟んだ。「狸祭は文連の最大の活動報告事項だからな。何もやらないと、オレたちは何もしてないことになる」 「部員が少なくて単独では学祭出店の難しい、我らが文連所属研究・同好会では、生き残るために幹事持ち回りでやってきた。これは先輩から申し送られてきた大事な伝統だ。渡辺くんあれを見てみろ」  落ち着いた声で留年先輩が指差した壁の上を見ると古い額がかかっていた。  そこには、『存在有理』と毛筆で書かれていた。 「少数派閥は社会には必要、お互いの個性を尊重し、存在を全肯定せよという先輩たちからのありがたいメッセージだ」 (出典どこなんだよ? 意味都合よく曲解してないか?) 「一つ一つは弱くても束になれば強くなる毛利の教えにも通じる」とジャージ姿の探偵会長・牧野も良いこと言った感で言った。「ナベくん、今までの活動記録を見てくれ」茶色いスクラップブックを俺の前においた。表紙を開くと学校が発行する校内ミニコミ『狸穴レター』が何枚も貼られていた。 「ここには毎年、文化祭の後に各部活の活動内容と来場者アンケートによるランキングと主な意見が書かれている。よく見てみろ」  牧野に押されて過去のレターを一枚づつ見ていった。 2019年 文連・外画研<ミッションインポッシブル一気見イベント>  アンケートランキングは39位(最下位) *吹き替えが映画の邪魔、途中入退場禁止は失礼などクレーム多数。   2018年 文連・ラジ研<マミアナ・ナイトクラブイベント>  アンケートランキング8位!  *他校の生徒が他校女子学生をナンパしまくり学内で問題になった。 2017年 文連・探偵小説研<江戸川乱歩短編集紙芝居>  アンケートランキング 38位(最下位) *祭り当日までに紙芝居が完成せず。ボロボロで終わる。 2016年 文連・釣り同好会<プールで磁石の魚釣り> アンケートランキング5位 *子供から大好評。ただし裏で賭博行為の疑惑もあり。 2015年 文連・落語研<新作落語発表会> アンケートランキング 12位 *上演回数が少なかったが、鑑賞者からは好評だった。 「文連ではお互い協力しあい、このように持ち回りで文化祭発表することを厳格なルールとして守ってきた。しかし過去三年間の大不評により、東山新理事は文連所属団体の休部を検討しているという噂だ……」  清田会長が淋しげな表情で全部関わっていたはずの発表を他人事のように分析した。  レターを見ながら俺はまだそこに登場していない現文研の佐伯会長の方を見た。「この順番だと、今年は現文研ということですか?」 「ふん」というような表情で差益は「現文研は思想上の理由から、発表会は免除されている。昔は相当ラジカルだったらしい」と面白く無さそうにいった。 (いや持ち回りや無いんかい、さっき清田会長が言った厳格なルールとさっそく変わってるやん) 「まぁ、発表幹事を免除されているその代わりに、俺たちは文連の部費をファンドで運用して増やしている。なので学祭の費用は他の部よりも潤沢に隠し持っている」佐伯は自信ありげに言う。  俺は周りを見回したが、他の会長はニヤニヤしていているだけでまともに取り合わないほうがいい疑わしい話だと思った。 「では、今年の担務はどこになるんですか?」 「まぁ、それは落語研究会だが…」  気の毒そうに清田が言った。落語研会長の伊藤はさっきから部屋の隅で話を聞きながら一言も発しない。  この人だけはただ暗い意外にまだ良く分からない。
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