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6,苦肉の策
「落語じゃないんですか?」
俺は伊藤落研会長に真っ当な話を振っただけだった。
なのに!
「適当なことをいうな! デリカシーにかける奴だな」
急にゴツい牧野が怒り出した。伊藤はまた暗黒に落ちた。
「まぁまぁ彼はまだ文連の仕組みを分かってない。俺たちはお互い助け合うんだよ」成瀬の何の助けにもならない適当な仲裁。
訳知り顔の清田が「ただ落語をやるということが伊藤にとっては大問題なんだ。なんせ彼はプリンス、なんて言ったっか忘れたけど中学の入学式にいらっしゃってたアレ……」と曖昧な知識で仕切ろうとして自滅。
「六代目柳橋三兆師匠ね。伊藤のお父さん。お爺さんは人間国宝・柳橋扇翁だ」
落ち着いた低い声で毛利先輩が話題に入って来た。伊藤会長よりこの人の方が落語に向いてるように思うのになんで釣り同好会。
「伊藤は入学後、落語好きの全学長から三顧の礼を受けて落語研に入った。だから例え文化祭と言っても高貴な血脈の掟から適当なことは許されない」
清田が分かるような分からないようなことを言った。
牧野がしかめっ面になった。
「伊藤のことは、オレたちは中等部のときから、いつかこうなるんじゃないかとずっと心配していたんだよ」
(いや、六年に一回しかないことを、ここまで問題先送りにしてきたのはお前たちだろう)
会長たちの雑な仕事ぶりに呆れた。
(こんなやる気の薄い仲間で支え合ったところで何にもならない。責任感もやる気もないんだから休部でも廃部でもいいじゃないか)と腹の中で結論付づけて一人納得した。
「念の為、バックアップも考えておくか。スターウォーズのエピソード1,2、3の読み下しなら準備は簡単だ。落語風にも出来ると思うよ」
清田がさりげない感じで言った。
「却下!」牧野が即口を挟んだ。
「去年の出し物と一緒じゃないか」佐伯もすぐ却下。
「自分がまたユアン・マクレガーの声やりたいだけだろ」成瀬が楽しそうに「森川智之と全然にてないぞ」と言う。
「うるさいなぁ。じゃあどうするんだ成瀬」
「クレープ屋とかどう?」
「軟弱! しかもバスケ部と被っている」今度は牧野が否定する。
「オリジナリティがない」佐伯もかぶせる。
「そこには何かしらの我々の研究の成果の発表と、情熱の発露が必要だろ」
毛利会長が一言。この人は先輩だけあって。一同を黙らせる貫禄があった。
でもこの人達、誰かが何かを言うと一斉に反対したり、言葉を足したり、役割でもあるのか。議論を楽しんでいるように見える。このままじゃ何も決まらないだろう。どうしたいんだこの人たち。
「そうですね、毛利さんの言う通り。何とかオレたちの代で伝統ある文連の存在感を鉄研の奴らに見せつけないと行けない」
露骨に追従した佐伯も勝手にハードルを上げた。
「オレたちが狸穴であり歴史だと思い知らせないと行けない」
勢いで牧野が乗っかる。
「そうだよ文化祭はどこも似たようなものばっかりだからな、なぁ伊藤」
成瀬が嬉しそうにまた中身のないことをいう。
聞かれた伊藤先輩は「うーんでもなぁ……まぁいいけど」と何か言いそうで言わない。
「わかった! みんな気持ちは同じだな」
強引に清田が流れを自分に引き寄せようとする。
「俺達で新しい落語を作って発表するって言うのはどうだ? 」
この清田のあまりに漠然とした問いかけに、また急にだれも答えなくなった。
毛利は本を読んでいる。成瀬と佐伯はスマホ。牧野はまたマンガを読んでいる。伊藤は暗黒宇宙に両足突っ込んだような顔して悩んでいる。
「見学、お前も何か言えよ」
また牧野だ。この人苦手だ。何で一番関係ない、俺に大事な話を振る!もう俺はどうでも良くなった。
「そうですね、なるべく多くの研究会を参加させるとしたら、探偵研がミステリーの新作落語台本作って、落語と外画で実演して、DJが音楽担当して、費用は株で現代研究が捻出するっていうのはどうですか? あっ釣り部が入ってませんでしたねハハハハ」
沸点を探るように俺は挑発した、長くて不毛な議論を破壊したくなる悪い癖だ。
会長一同は気持ち悪い感じで黙っていた。プライドの高そうなこの人達は、流石に議論を茶化されて気分を害したに違いない。
「すいません、適当なこといいました。会議続けて下さい」
俺は素直に謝った。
「いいんじゃないか、今の意見」
そう言ったのは、釣り部のおっさん毛利だ。
「釣り部忘れてましたが」
「いいんだよ、そんなことは。俺は三年留年が決まったも同然で、卒業しない残るから気にするな」
この人がしゃべると、いつも会議室の空気は変わる。
「確かに良い意見だ。君は炭鉱のカナリアとしていい鳴きをしてくれた」
清田がすかさず乗った。
「来た客にアンケートや商品のサンプリングをすればネット広告から金が引っ張ってこれるかもしれない」
負担の少なさそうな怪しい感じの現文研佐伯も早速乗ってきた。
そんな適当に乗るなよ、それよりさっきの炭鉱のカナリアのいい鳴きって表現の意味は何? 確か炭鉱のカナリアは一酸化炭素で真っ先に死ぬだけじゃなかったか。(俺が鳴くのか、おい)
「そうだ、ミステリーといえば探偵研だ」
成瀬もなんとなくの流れで乗ってきた。
「探偵研じゃなくて、探偵小説研な。おれは俺は読み専だよ。ミステリーなんて書いたこと無い。それより伊藤がどう思うかだよ」
角刈り牧野が伊藤を見た。
沈黙のあと落研会長がようやく口を開いた。
「……古典もおぼつかないのに、新作はやったことありません」
負けた時の羽生名人のように神経質そうな顔。会長達は、その暗い伊藤の言葉を重く受け止めた。
(また、詰んだ! 堂々巡りだ)
「どうするかの前に、何をするか中身が決まってないじゃないか。臆してる場合か」と毛利。
(間違いないこの人が影のリーダーだ、だって言うことまともだ)
「そうだな」
牧野と佐伯が意見をあわせた。見た目は正反対だが、この二人結構同じタイプなんだな。
「じゃあ、こういうことでどうだ」清田会長がまた何かいいことを思い付いちゃった顔をした。「来週の会合までにそれぞれネットでネタ拾ってきて、それを書紀の渡辺くんに書いてもらうっていうのはどうかな」
「なるほど、確かにそれなら皆参加できる」
「そうだな、九月中に形になれば間に合うな」
「じゃあそう言うことで解散」
全員が腰を上げそうになった。
「いや、ちょっと待って下さい」
今度は俺の番だった。
「問題先送りして、まとめは僕に丸投げってことですか」
「不服か?」
「ふふくです」
清田は苦笑いした、次の言葉は出てこない。
「ちょっとお前らそれじゃ勝手に有りもしないXに勝手に代入して解けたとか言ってるようなもんだぞ!」唯一庇ってくれたのがおっさん毛利。
(やっぱりまともだ! この人が一番)
「やっぱり、そこ問題ですよね」
清田も毛利には敬語で一目おいている。ただの留年ではない。
「そうだよ。そもそも新作ミステリー落語なんてジャンルないぞ」
探偵同好会の牧野もそもそも論を向けてきた。
「やっぱり、気付くよなそこ、もうちょっと具体的な議論しようか」
清田は急に冷めた。
「何かネタに出来そうな話ある人手を上げて!」
清田がやや投げやりに挙手をもとめた。
「ちょっといいか」
留年先輩のひげ毛利さんが口を挟んだ。
「ここで思いつきで荒唐無稽の話を作ったところで、そこには独創性も深みもない。それぞれ経験に基づくエピソードがいいと思う」
「なるほどですね、さすが毛利さん。実際に起こった話、経験に基づいた話こそ、高校生らしい、課外活動の実績と評価されるってことですね?」
「最もだが、そこでそんな話があるかどうかだが」
牧野は慎重な意見を述べた。
一同沈黙の中、一人の会長が手を上げた。
「じゃあ俺に起こったちょっと不思議な話を聞いてもらえないか」
DJ成瀬が軽い感じで話しだした。
「いいけど、長いか」牧野が念を押す。
「多分長いよ」
「でも言いたいんだろ」
期待してないこの空気。俺は一同の成瀬の扱いが分かった。
「去年の冬に俺は電車で痴漢を撃退したことは言ったよね」
成瀬先輩は何気ない様子で変なことを言った。
「言われてないよ」「聞いてないよ」
「お前が痴漢にあったのか」佐伯はイタズラな子供顔。
「そんな訳無いだろ、女性だよ。多分高校生」
「お前偉いな」
毛利さんが感心した。
「どこの高校だ?」「付き合ってんのか?」「自慢か」
口々に言った。
「違うよ。どこの子かも知らない」
「えっ、どういう状況だ」「詳しく聞かせてくれ」
牧野と清田が前のめりにになった。
ここに来て初めて俺は『聞いてみてもいいかも』と思える話題に出会った。
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