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7、ラジ研成瀬のちょっと長い話
成瀬は一同の注目を受けるとちょっと照れながら話しだした。
「去年の十一月頃、いつものように朝学校来るときに俺は東横線に乗ってたんだ。朝七時三〇分頃だからメチャクチャ混むんだよ通勤特急。特に武蔵小杉から中目黒で乗り換えるまでは身動き取れないぐらいに、ぎゅうぎゅうで大変なんだよ」
その時間帯の混雑は俺も東横線使っているからよく分かる。
「いや、絶対東西線の方が絶対混んでる。骨折した人いるぞ」佐伯が意味なく対抗する。「総武線なんて死人出てるぞ」牧野がまた被せる。
「君たちの総武線しょうもない自慢はいらない。成瀬続けてくれ」
毛利先輩がビシッっと言ってくれた。
「まぁ、それでも満員電車の中で押されながら、必死に立って頑張ってたんだけどさぁ。皆なスマホを手に持ってるからなかなか詰めないんだよなぁ。途中、自由が丘からも大量に乗ってくんだよ。とにかくおじさんたちの詰めろ圧力がスゴイから、俺も何とか奥にいったんだ」
ここはみんな頷きながら聞いている。
「こういう時に性格が出るよね。全く動かないやつ」
「そこお前の場所かつーの」
また佐伯と牧野が軽く合いの手を入れる。
「ドア横で突っ立ってるやついるね」「いる左右にいる奴、狛犬男」
「逆に、こっちに全面的にもたれかかってスマホやるやつとかも腹立つんだよ」
「俺はお前のスタンドじゃねぇよぉ」
一通りのガヤが終わるのを待った成瀬。
「そうして電車の真ん中らへん、立っている人と人の間に詰めていったら、俺の後からもなんか一人の女子がツイてくるんだよね」
「ワザとらしいぞ、ずっと気になってたんだろう」
珍しく清田も絡んできた。
「まぁそれは否定しないが、ノートを手に持ってすごい熱心に勉強してて」
「それで!」
「眼鏡かけてて真面目そうな感じだった」
「……眼鏡キャラか」
今度は黙って話を聞いていた落研伊藤がやっとしゃべった。
「いい? で、その子は元々ドアと座席の角くらいにつかまって立ってたんだけど、混んでたからその場所を譲って、しょうがなく奥に詰めてきたんだと思うんだよね」
「優しい!」「真面目」「いい子」「全部入り」
また高速の漫才のように牧野と佐伯のガヤ絡みをする。
(もういいからお前らいやいちいち各々話に絡むな!)
それに成瀬先輩のいちいち周りに承認求める話し方も良くないと思った。
「俺も押されながら、何とか自立してもたれ掛からないよう網棚を指で持って耐えてたんだけど、なんか俺の背中あたりで動いてるんだよ」
「来た!」「何がだよ」「お前は話聞いてたか」
また牧野と佐伯のコンビだ。
「何かが、俺の足元付近でごにょごにょしてるんだよ。多分誰かの手だと思ったんだけど、後ろの人とは背中合わせだし、皆んな満員電車でそれぞれ必死につかまってるはずだし、そんなとこに手があるわけないんだよ」
「オカルトか!」ここは探偵研牧野が茶々を入れる。
「そんな訳無いだろ、それで成瀬は確かめたのか?」
今度は清田が止めてすかさず話を進める質問をした。
「うん、それで何だろうと首だけ向けたら、どうも横の女子がなんかうつ向いて辛そうな顔してるんだよ」
「それで」
「状況を考えたら、女子の向こう側の奴が彼女のお尻あたりに手を回してるに違いないと思ったんだよね。その指の先が俺にあたっていた思った」
「いかがわしいな」「けしからんな」「痴漢だ」
牧野、佐伯、清田とガヤの三角パスが回る。「さ……最悪だ」と伊藤も小さな声を挟んだ。
「で、その女子はどうしてたんだ」
毛利が冷静に状況説明を訊ねた。
「はい、さらにノートで顔を隠して耐えてる感じでした」
「やっぱ痴漢じゃないか」「そうだよ、絶対そうだよ」「絶対そうだよね」
「だから最初から痴漢撃退した話って言ってるじゃん」
仲間の会長たちの茶々に成瀬は子供っぽい苛立ちを見せた。普通だったら怒ってもいいところ、どうもこの成瀬、チャラ風気取ってる割にはイジられ弟キャラではないか? と俺は各人のポジションを推測した。
「皆んな静かにしてくれ、ここからが大事なとこだ、成瀬お前はその時どうしたんだ?」
ラノベ清田が真面目な顔でまた仕切りだした。
「俺も黙ってられなくなった。正義の気持ちが湧いてきて声上げたんだけど……」
「何んて言った?」
俺も含めて全員が注目した。
「まぁえっと、『何やってるんだ!』って……咄嗟だからそれくらいしか言葉出てこなくて」
成瀬はちょっと表情を曇らせた。
腕を組んで聞いていた毛利先輩が顔を上げた。
「いや、よく言った。成瀬の勇気は素晴らしい」
「充分、充分」「普段は肝心な時に緊張する奴なのに成長した」
牧野と佐伯も同調した。
そこで一人、清田だけは納得してない様子だ。
「成瀬、ちょっとその時の被害者との位置関係はどういう感じだったか。書いて説明してくれる? その時のどう言えばベストだったのか確認しておきたい」
(そのディテール今大事? 本当にいる?)
言われた成瀬は会議室に散らばっていた紙の一枚を拾って、裏にボールペンで真面目に左右の座席座る人、その前に立つ人、その間に入っていく人物を書きしるした。
「なるほど、これを見る限り容疑は明らかだ、でも被害者が主張しない限り、誰が犯人かの確証が見えないな。だから成瀬は主語のない疑問形で怒ることになったんだよな。成瀬の行動はベストチョイスだと思うよ」
清田がそういうと成瀬はちょっとうれしそうな顔をした。
(まどろっこしい褒め方だな。その分析と認識いるか?)
でもこの二人は仲良さそうだ、どういう関係。
「それからどうなった?」「その男は何か言った?」
牧野と佐伯が興味深々で話の続きを促した。
「その痴漢野郎が俺を睨みつけて『何だよ、何もしてねーよ』って言うんだよ。周りの乗客も何か注目してきてさ、今度は俺が焦ったんだよ」
「白々しいやつだな」毛利が苦々しげに言う。
「その男、どんなやつだった」清田が涼しい目元で成瀬に迫る。
「見た目は普通のサラリーマン風で地味目のやつだったんだけど、怒ると変わったんだよ。急にヤンキーに変わったんだよ」
「わっ、こえーなー」と佐伯が食い気味に反応した。「本当におかしな奴は一見地味めなんだってよ」牧野も真剣な顔で付け加える。
「そんで、お前はなんんて、言い返したんだ」
清田会長がさらに鼓舞するように聞いた。
成瀬は力を込めて「『ちょっとあなた!さっき手でこの人の後ろでゴニョゴニョしてたでしょ』って」と言った。
「……あなたって」「ゴニョゴニョって、なに」「他に語彙ないのかよ」
牧野と佐伯が笑いそうになっている。
「喉からっからで緊張してたんだよ」
「いいからコイツら無視して、早く、続き続き」
毛利先輩が成瀬に催促した。
(そうだ! 俺も完全同意見です)
「そしたらさぁ、今度は『してねぇーよ、何言いがかり付けてんだよ。てめぇーいきがんじゃねぇよ。おめぇが痴漢じゃねぇか?』って凄んでくるんだよ」
「逆切れしやがったな」と毛利。
「一回言い返すとめちゃめちゃ言い返してくる奴だな」「倍返しだな」
ここはお馴染み牧野と佐伯の意味の無いラリー。
「厳しい展開だな。ところで肝心のその女子はその時どうしたんだ」
もっともな内容の疑問を清田が入れた。
(そう、それ俺もそれがさっきから知りたかった)
「それがさぁ、下むいて辛そうにしているだけで、反応してくれないんだよ」
思い出してる成瀬も辛そうに見えた。
「助太刀したのに!」ジュニア顔の佐伯が高い声を出した。
「仕方ないだろ、被害者だしな、怖いだろうし」牧野が珍しく佐伯を封じた。
(こういうパターンもあるのね)
「でもなぁ、肝心な被害者が味方に付いてくれないと、現行犯つかないと立件できないなぁ」
聞こえる清田の独り言。この人は刑事ドラママニアか?
「俺も怖くなってきて『いや触ってたでしょ』としか言い返せなくてさ、電車の中で俺だけ孤立してさ、やばい感じになったんだよ」
この人やっぱり見た目と違って実は気の弱い人、さっきはカマしてきただけなんだな。実はいい人かもとちょっと思った。
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