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8、無駄話高速パスワーク
成瀬の追い詰められた状況に「絶体絶命じゃん」とシニカル佐伯も珍しく心配な様子。
「確かにやばいなぁ。その時周りの人の様子は?」
ラノベ清田らしく取調べ口調。
「無視だよ、声聞こえてるはずなのに、助っ人なしだよ」
成瀬の悲しい証言。
「都会の孤独だねぇ」「巻き込まれたくない心理だな」「無情だ」
一同は落胆の表情になった。
「ますますやばいなぁ、それでどうなった」毛利先輩が話を促した。
「そしたらですね。その触られてた女子が、気持ち決めたような感じで顔をおこして、グルっと首を回すとその男に向かって『この人痴漢です』と言ってくれたんです」
「おーっ」
一同立ち上がらんばかりになり男だけの歓声を挙げた。
「やったな!」「逆転だ」
毛利から佐伯への珍しいパスワーク。
「でもまだ油断できないな。成瀬」
清田は喜ぶ観衆と距離をとって渋めに振った。
「そうなんだ。その痴漢野郎も更に声を大きくして『ふざけんなよ、何もやってねぇーよ。お前らグルだろ』とか凄み入れて言うんだよ」
思い出したのか怯えた感じになった成瀬先輩。
(話の展開ドラマチックにするの上手いなぁ、もしかしてこれ演出か)
「ひどいやつだな」「人間として最低だ」「クズだ、クズ人間だな」
牧野から清田そして佐伯へとキレイに会話のパスが回った。
「で、俺もやばいやばいっ! てパニックになったんだけど、言い合ってるうちに中目黒駅に着いちゃってさ。乗り換える人が大量に動き出して、あーっと思っているうちにその女子も人に流されて電車から出ていったんだよ」
また成瀬先輩は予想の上を行く意外な展開を語り始めた。
「エーっなにそれ、離れ離れじゃん」佐伯は甲高い声を出した。
「さ、最悪だ……」伊藤先輩も小さな声でうめいた。
「上手く行かない、人生そういうもんだな」
牧野が達観した感想を急にいった。
「そんで、そんで」毛利は無視して話をすすめさせた、
「うん。でも、その別れ際にその子、オレに慌てた感じで『ありがとうございます』って言ってくれたんだよね」
「オーツ!」「やるね。盛り上がるね」「最高じゃないか」
文連一同は盛り上がった。伊藤も少し体を動かして喜びを表現していた。
恥ずかしそうな成瀬会長。嬉しそうに頷く清田会長。
(この二人のアイコンタクトなんなの)
「よし、いける狸祭この話でいける」
皆の反応を見届けると清田会長が突然また宣言した。
「えっ、今の話で学際いけんのか? これ落語か?」
佐伯は話の本題を急に思い出したような顔。
「いける、そんな気がする」
清田はやや自信減で答えた。
(変わりすぎ、そこは押してこうよ先輩!)
「いけるよ! 清田」牧野が心強く推してきた来た。
「でも今の話をまとめると一、二分位で終わるぞ」
現実的な分析を佐伯がすると。
「そうだな。筋に合わせてどう作っていくかだな」
毛利は全体構成の事を考えていたようだ。
「ちょっとまって、まだこの話終わってないよ」
成瀬先輩は意外なことを言い出した。
「えっ、続きあるの! 最高だよ成瀬!」
清田会長が嬉しそうに言った。
「よく考えて清田俺の状況。最高じゃなくてさ、俺とその痴漢男は電車の中に取り残されているんだよ。最悪だよ!」
「まさか降りなかったのか? 成瀬も中目黒で日比谷線乗り換えだろ」
「そりゃそうなんだけど、気持ちが高ぶってて下り忘れてた」
「ちょっと待て。被害者は電車下りて行って、社内に犯人とお前が残された」
牧野が成瀬に確認をした。
「そうだよ。さっき言ったけどね。しかも車内はまぁまぁ空いてきて。メチャクチャ気まずいよ」
成瀬はさらに弱った顔になった。
「気まずいどころじゃないだろ、また危機一髪に逆戻りだ」
清田が心配そうに聞いた。
「でも、俺もここで負けちゃいけないと思って、グッと踏ん張って痴漢男の方を睨みつけてやったんだよ」
そういうと成瀬は睨む顔を作るが、まぁ怖くない。
「『僕は見てました。警察行きましょう』と言って俺も一応押しまくったんだけど、その男も『チゲーよ、おメーふざけんなよ』とか声上げて凄んできてさ。事情がわからない乗客からしたら、ただ男が二人朝の電車で揉めてるだけで、すごい迷惑そうな顔してるんだよ」
成瀬は自分で書いた図面を指さしながら痴漢男の芝居も交えて車内の状況を解説した。
「めっちゃこえーな」と言いながらも佐伯は笑っている。
「その男もどうするつもりだ。ふてぶてしい奴だ」
清田は成瀬に同情するように憤慨している。
「ここでもし殴り合いの喧嘩になったらどうしようと俺も内心ビビってたよ」
「ボコボコにされるな」嬉しそうな佐伯。
「でもまぁ、乗客が通報するだろ」
すかさず牧野は先の展開を予想する。
「その場合、次の駅で駅員が来るね」
清田も状況を加えた。「そして双方事情説明させられる」
「困るよな。だろ、被害者の女がいないんだもん。痴漢野郎は怒ってるし、頭虫喰ってんだろ!といわれるよな」
牧野はさらに状況の悪化を予想した。
「やっぱり……最悪だ」伊藤の覚えた声も聞こえた。
「弱った状況だな、それでどうなった」
また毛利先輩が展開を促す。
「いやこれはトラブルになって学校に連絡もあるな。そうなると退学かなとも思いましたよ。もし相手が本当のヤクザで駅で拉致られてそのまま俺は倉庫に連れていかれて手足切り取られて海に捨てられるかもしれないとか、暗黒妄想スパイラルですよ」
成瀬は最悪連想を盛り気味に話した。
「それは韓国犯罪映画あるあるだ」
毛利先輩もマニアックに成瀬のおもしろ盛りを注意する。
「ただ常に最悪を意識しとくと、少々悪い結果でもホッとする効果はある」
佐伯が何の為か分からない人生の知恵を披露した。
「さいあ…」伊藤は何か言おうとしてやめた。成瀬の話が始まったから。
「まぁそんなことは無いにしても、不安を顔に出さないように、俺はずっとそいつに睨み入れてたんだ。でも電車が渋谷についた時、そいつはサッと走ってドアから逃げ出たんだよ。で、そういう話」
さらっと話された顛末に一同虚をつかれた。
「んっ、どうなった?」佐伯がキョトンとした顔で聞いた。
「成瀬、話のまとめ方下手か!」牧野も白けた顔でいった。
「いいんだよ。でもそいつ、やっぱクロ確定だな」
清田らしい刑事的な観察点から、逃げた男の有罪を宣言した。
「で、その後お前はどうしたんだ」毛利先輩はさらに説明を要望した。
「はい。俺も慌てて降りてそいつを追っかけよう……としたんですけど、今度は乗ってくる人が多くて押し戻されました。次の神宮前まで乗りっぱなしになってしまいました。それで結局学校には三十分遅れて。その日は遅刻でした」
「なんでそうなる!」
一同、盛り上がりに欠ける話のラストに残念そうな顔をした。
「成瀬、痴漢を追う気迫が足りないよ」
武闘派牧野が冷たく突き放した。
「いやでも、しょうがなかったんだよ。怖かったんだよ。実は俺正直ホッとしたもん」
成瀬は正直な先輩だ、同級生の前で中々こんな本音は言えない。
「わかる十分良くやったよお前は」
また清田が成瀬に微笑みかける。どういう関係なんだ。
「途中まで昔の電車男みたいだったじゃないか」
佐伯も嬉しそうに成瀬の健闘を讃えた。
「後日その女子からお礼が送られ来たんじゃないか」
牧野も電車男にかけて聞いた。
「いや何も送られてこないよ!」
「何でだよ、送られてくるもんだろ」
「満員電車で痴漢がいて、どのタイミングで連絡先交換できる余裕あんだよ」
「まぁ、そうだけど」
牧野も納得した。
「それじゃあ、なぁ」
佐伯は不服そうだ。
「うん、それなら話が起承転結の承までしかない」
牧野が冷静なことをいった。伊藤も成瀬を気の毒そうに見ながら頷いている。
「なぁ君はどう思う」
清田が急に思い出したように俺に話を振ってきた。
「えっ、俺ですか! (急に来るなぁ)」
「君も興味深々で聞いていたこの話、物語としてどう思う?」
ここは部外者として率直な感想を求められていると思った。
「いやぁ、成瀬先輩の話のうまさにすごく引き込まれたんですが、正直いいまして、ラスト尻つぼみってやつですね」
「だね」
清田会長も同意した。
「まぁそう言うな、『狸祭』の為に誰も提案しないところを成瀬は身を削って話をしてくれたんだ。成瀬の0を1にする勇気をたたえて拍手」
毛利先輩がまた変な例えを挟み込んでまとめに入った。
「成瀬ナイストーク」
清田も成瀬に小さな拍手をした。
「勉強なりました」と佐伯も握手を成瀬に求める。
(意外に素直な面もあるんだな)
「……ありがとう」伊藤も小声でいった。
他全員が成瀬を労いながら、なぜかホッとした様子だった。
「いい鳴きを聴かせてもらった。では次他にネタ持っている人はいるか!」
毛利がうまく他にネタを振った。
(何でもいいけど、この人達の言う鳴きの定義ってなんだ)
そのやりとりの間黙っていた成瀬が手を振って毛利先輩の進行を止めた。
「いや、この話はまだ終わらないんです」
「えっ!」
一同は期待と不安の表情を目に浮かべた。
「この前に、その女子と偶然再会したんです」
「なにぃ!」
今度はみんな絶句した。
「もう、引っ張りやがって、ニクイ演出だなぁ」
冗談ぽく言う佐伯の表情には嫉妬が出ていた。
「最高だな、もう、この話で決定で行こうよ」
さりげない牧野が言葉にも成瀬への羨望が感じられる。
話に茶々を入れては笑って戻して、じゃれ合いの無限ループ。無駄話のパスを回し続ける。一人だけ抜け駆けするのは例外なく許せない。これぞ男子世界。姉ちゃんの言ってた『男すぃーズ』だ。
「……俺トイレ行ってくる」
そういうと伊藤がルームを出ていった。
「俺も、ジュース買ってくる」
成瀬も席をたった。
「じゃあ五分休憩ね」
清田が休憩宣言をした。
(この話気にはなるけど終わりはいつまで続くんだよ)
「あのこの会議何時までやるんですか?」
俺は部屋を出ていこうとする清田会長に聞いた。
「とにかく、今日中には何やるか決めないとね。俺たちの代で廃部という訳にはいかないだろ。乗り掛かった舟だ最後まで君にも付き合ってもらいたい」
そういい捨てて清田も出ていった。
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