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9、会長たちの秘密
ルームに沈黙が戻って来た。
「どう思う? 君から見てオレたちは」
忘れていたが、まだ釣り同好会の毛利会長が一人残っていた。
「……いや、何というか」
「ハッキリ言ってくれ」
「変ですね。よく言えば個性的です。でも皆さん仲が良いことはなんとなく分ります」
それを聞いた毛利は鼻で笑った。
「無駄話ばかりして頼りない連中だ、と思ったかもしれないが騙されてはいけないぞ。彼らは良い奴だけど気を付けろよ、とても腹黒い」
口調が変わっていた。
「全員揃って数学苦手な私立文系クラス、成績は中の上くらい、運動も苦手。しかも大人数の部活で面倒くさい人間関係も作りたくない。でもプライドは高く人から指示されたくない。実家の寺を継ぎたくない奴もいる……」
急に深刻な感じになった。
「はぁ、確かにそんな感じしますね、でもなぜそれが腹黒と」
俺は毛利の意図を掴みかねていた。
「そんな何事にも中途半端な彼らが、ウチの有名大学の指定校推薦枠を独占していると聞いたら君はどう思う?」
「どうって、そんなこと無理なんじゃないですか? 成績トップか運動部で都大会クラスの結果残さないと推薦枠は獲れないって聞きましたよ」
俺も推薦枠は一応狙っているから基礎知識として知っている。
「それが違うんだ。すでに早稲田の政経・法、慶応の経済・法の推薦枠は今出ていった五人で内定しているそうだ」
「政経、経済とか推薦のトップじゃないですか、何でですか」
「この情報はまだ学校内でも一部しか知らない。しかし彼らが、弱小部活の会長をしながらへらへらしてられるのも学校との裏の約束があるからだ」
「裏の約束ですか」
「君も聞いたかもしれないが、今でもこそ文連の研究会・同好会は人気さっぱりだが、狸穴学園にあって屈指の歴史を誇る。OBには政界・財界人も多い。普通なら成績上位者、運動部部長、大所帯の文化系部長でも内申評価的にはプラス3だ。全国大会出場選手と同じ評価だ。しかし文連の会長にはさらに1点加点されるという暗黙の了解がある」
「本当ですか?」
毛利は静かに頷いた。
「彼らはそれをどこかで知って、中学一年の段階で自ら文連に入り会長となっている」
「したたかですね」
「そうだ、しかもライバルは高校までに全員蹴落とした冷徹さと狡猾さを併せ持つ」
あっけにとられる俺をおいて毛利は続ける。
「そして推薦出願は十一月。直前のイベントである十月の『狸祭り』で絶対に失点するわけには行かない。彼らが学祭にこだわる事情はそこにある」
毛利先輩は真剣な表情で俺の反応を伺う。
「そんな計画が……」
そうなると今まで俺が感じてきた、彼らの幼稚で愚かな『男すぃーズ』ぶりはライバルを出し抜く芝居、ここはその隠れ蓑だということか……。
「あいつらが、やがて社会の上層部に行くと思うと心配でならないよ」
毛利は表情をしかめた。
「でも、そんな事を言うあなたは一体なんなんですか」
そうだ毛利だってその一員で狡猾推薦組だから非モテ偏差値八十の釣り同好会会長を務めているに違いない。でも何故それを俺に今打ち明ける必要がある?
「そうだな、やっぱり気になるか……」
毛利は不気味にニヤリとした。
「俺は浄土宗本部から、この文連の監視に送り込まれている」
「えっ!」
意外過ぎる答えに俺は反応できなかった。スパイなのか?
「彼らの監視の為だからわざとダブってる。俺は家の寺を継ぐことを決めているから、どの大学いこうが行かまいがもう関係ない。将来は出家一択だ」
そういうと毛利先輩は目を閉じて手を合わせた。
「本当ですか? そんな人生ありですか……」
俺の問いかけを聞くと、静かに手を合わせたまま毛利先輩はゆっくり目を開いた。
「嘘だ」
(んっ、何て言った)
「嘘だよ。騙された?」
「えっ! えっ? どこから嘘ですか」
頭が切り替えられない俺。
「途中から。半分ウソだ」
「嘘はどの半分ですか」
混乱する頭で問いかけた。
「それはお前次第だ。入部するかどうかはその辺よく考えてからにしないとな」
そう言ってヒゲ毛利はニヤニヤしながらルームを出ていった。
(なんだよ今の話)
でも嘘にしてはディテールがよく出来ている。しかも俺も調べた部活と内申評価の情報とも途中まで一致する。嘘と言ったのは俺を試しているだけかもしれない。
毛利先輩の話もかなりの真実度を感じた。今頃、別の場所でさっきの五人と合流して俺のレベルを計っている可能性すらある。
(これは考えを改めたほうがいいかもしれない)
そう思うとこのダラダラした会議も合理性を感じる。意味なく続く無駄話のパスワークも、イニシアチブを取らないことで余計な責任を回避しつつ、やんわりとした共同体を保つ不安な時代の処世術にも思えてきた。弱小部活を維持しながら、効率よく進学情報を交換し、自分のスケジュールに合わせた最低限の活動をする影の英才集団。
俺も数学、物理はさっぱりダメな私立文系の典型。できれば早々に推薦で合格できれば越したこと無い。高校受験をしていないオレたちにとって大学受験は中学受験以来の体験で、浪人することは社会の荒波に投げ出される恐怖でしかない。そう考えると、この文連団体で会長になってのらりくらりと部活をやり過ごし、早々に推薦入試で有名校進学を決めるのは悪くはない。いやそれどころか最高じゃないか。なにせ活動実績が無いのだから、帰宅部で内申ゼロ加点よりよっぽどメリットがある。
「お待たせ」
やがて、文連ルームのドアが開き。その会長たちがザワザワと戻って来た。
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