6月11日

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6月11日

「ふぃー......飴美味し」 「良かったです」  ......小雨が降っているのに、不思議と寂しくはなかった。  4月某日に手紙を彼女に出して、5月に会って、そこから......ずっと不安に囚われていたような気がする。  おまけに、毎年訪れる"梅雨"という季節による連日の雨が、ぽっかりと(へこ)んでしまった気持ちの上にぽつぽつと振り溜まって、凹みの底に居た自分からは、外なんて濁って見えなくなっていた。 「......んふふ、ふふ」  カラン、コップに入った熱湯の中で踊る小さい砂糖玉が、場の空気を乱さぬように小さく音を立てた。袋の中の飴達は、その様子を見て何を思っただろうか。  彼女の笑い声は、満足と少しの不満の混ざった比較的ささやかなものであった。  ......と、色々考えているうちに、砂糖玉はすっかり溶け入ったようだ。熱湯を適温にすべく水を少し注いで、彼女の目の前にある小さな白い机の上に、そっと優しく置いてやった。 「次はもうできましたけど......どうしますか?」 「んー......いる。でももうそれで最後にするよ。多すぎると看護師さんに怒られちゃうからね」 「分かりました。飴はこの棚に入れておきますからね」 「うん。ありがと」  ベッド脇の棚の一番下の段を開き、飴の入った袋にしっかり封をしてからしまった。  ポタ、ポタ、ポタ......窓の外ですっかり緑色の桜の枝から、雨の雫がゆっくりと落ちていく。  数ヶ月前とは違い、どこか疲れたように元気がない様子の彼女。看護師さんいわく、5月のあの日から量は減ったままだがご飯はしっかり食べるし、建物内を歩き回ることも増えたらしいが......  ......不安が募る。嫌だ、嫌だ嫌だ......  僕はそっと、寂寥感を口の中で噛み潰した。 「......ふーむ」 「どうしましたか?」 「......いや、なんでもないよ」  そうですか......と返すと、彼女はニット帽を被ったまま、白磁のベッドに寝転がった。 「......それ、可愛いですね」  ニット帽を指さしながらそう言うと、彼女は驚いたように目を見開きつつ、 「......ははっ、でしょ?この間、暇だったから看護師さんに教えて貰って、自分で作ったんだよ。......にししっ」  嬉しそうに目を細めて笑いながらそう言った。 「上手にできていますよ」 「ありがとっ。......ふふ。君に褒められるとほわほわしちゃうのは、私がまだ元気な証拠かな。......うわっち、やっちった......」  言葉を紡ぎつつ空になったコップを置いて、彼女は次のコップに手を伸ばそうとした。でも、手はコップを掠めただけで、ぱたり......と倒れて中の砂糖水がぱしゃりと机に広がってしまった。 「......あ、僕も拭きますよ」 「いいよ、このくらい自分でやるさ」 「僕がやりますよ。......て、シーツまで汚れちゃってますね......僕、看護師さん呼んできます」  自分でやりたい様子の彼女だが、多分無理だろう。そう考えて机の下を見やると、シーツにまで砂糖水は付着してしまっていた。  彼女に言って、パタパタパタとスリッパで歩く音を耳にしつつ、看護師さんを探しに部屋を後にした。 「......もう、約束は守ってくれたけどさ......」  ......君の遠ざかっていく足音を聞きながら、ふと込み上げてくる寂しさの念を紛らわすために、少し、不満を口にしてみる。 「......やっぱり遅いよ。私......口の中でころころってやりたかったのに」  水に溶かしたら、飴にこもってる君の優しさが、薄くなっちゃうんだよ。もう体中の色々がすっかり鈍っちゃってる私には、薄まった優しさは染み込むまでに時間がかかるよ。 「......でも、これができてるだけいいのかな」  ......味気ない日々の食事(流動食)より味も濃いし美味しいけど、 「......甘じょっぱい、なんでだろうね」  ......ほんの少し塩っぺで、甘いの。
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