ケークシトロンをどうぞ

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ケークシトロンをどうぞ

 係長はできる上司だけど、プライベートではバツイチ。たまに無口。  調停を繰り返して「もう結婚はいい」と口にするようになった、ひとまわり上の男性だ。  同僚は係長を「熟成された大人の魅力」と褒める。だけど係長はウィスキーが苦手で、お酒よりお菓子が好きな甘党。  そんな係長が栄転するとき、私は餞別(せんべつ)にケークシトロンを選んだ。  有名店ではなく、地元の名店のレモンケーキに、リボンをつけた。 「知らないお店のものが食べたいって、前におっしゃっていたので」 「そうなんだよ。ありがとう!」  係長は子供みたいに喜んだ。 「……思えば若手の中では、きみに一番、仕事を頼んだな」  そのひとことで十分だった。  私は私を選ばない係長が、たぶん。
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