少年プリズン348

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少年プリズン348

 北の廃帝と東の王が激突する。  「灰も残さず焼き滅ぼしてやる」  一陣の冷風を吹雪かせて肉薄、激しい勢いで突き込まれたナイフが肋骨の隙間を抉り心臓を貫く。  レイジが身をかわすのが半瞬遅れていたらそうなるはずだった。  「相変わらずイカレてイカしてるぜ」  レイジが皮肉げに微笑む。  肋骨の隙間を的確に抉り心臓を貫通するはずだったナイフの軌道上からレイジが消失、右に瞬間移動。ナイフと胸板が平行になるよう右に体を捌いたレイジの顔は笑っている。笑っている。  医療用眼帯で覆われた目の隣、薄茶の目に轟々と狂気が渦巻く。  「久しぶりだな東の王よ、正統ロマノフの末裔たる気高き皇帝の足元にも及ばん出自卑しき雑種の王よ」  乾いてひび割れた唇が捲れ上がり、鋭く尖った犬歯が覗く。  「私は心よりこの日を待っていた、狂おしく待ち望んでいた。再びお前と見えて真なる王者を決する日を待ちわびていた、ただそれだけを望みに唾吐かれ罵倒され夜毎下僕の慰み者となる屈辱の日々に耐えてきた。地獄だったぞ、まさに!お前に想像できるか永きに渡る私の苦しみが、かつては忠実な家臣として従順な下僕として私の足元にひれ伏した者どもに嬲られる恥辱が!!」  肩に流した銀髪が瘴気を孕んで膨らむ。  いくら鈍い俺でもすぐにわかった。サーシャの目的は復讐だ。皇帝の座を追われてから雌伏数ヶ月、過去の栄光に齧りつき復讐の刻を窺いつづけた廃帝の恨みはいかばかりか……  「タイミング悪ぃ!」  思わず舌打ちが出る。  いきなりでてくんなよサーシャ、心臓に悪いだろうがと心の中で罵倒するも現実の俺は廊下に立ち竦んだまま動けやしない。レイジとサーシャの殺し合いに巻き添え食っちゃたまらないと隅っこに退避、壁にぴたり背中を付けて呼吸を整える。  どうする?どうしたらいい?  俺はじっと見てるだけか、レイジとサーシャの殺し合いをぼけっと見物してるだけか?  「ホセ、何とかしろよ!南のトップだろ!」  「サーシャくんとレイジくんの殺し合いは東京プリズン名物の年中行事、お二方の邪魔はできません」  ホセはどことなく楽しげだ。分厚い眼鏡の奥の目を細めて壮絶な殺し合いを眺めている。  離れたところでガキの喧嘩を見守る大人の目線だ。  レイジとサーシャのやんちゃっぷりを微笑ましげに眺めるホセに頭に血が上る、南のトップなら責任もって止めろよと怒鳴りかけてぐっと言葉を飲み込む。トップに良識を求めるほうがどうかしてる。  ホセの説得を諦めて得物を手にぼさっと突っ立ってる門番を見比べる、南の門番二人組は突如目の前で始まった殺し合いについてけずぼけっとしてる。  完全な思考停止状態。  「お前ら門番だろ、得物持ってんだろ!手遅れになる前に止めに入れ、サーシャもレイジも頭に血が上ってる、このまま放っとけば渡り廊下崩壊……」  「冗談じゃねえ、王様と皇帝の一騎打ちに割って入る命知らずの馬鹿がどこにいる!?」  「とばっちり食って殺されるのはごめんだ、そんなに心配ならてめえが何とかしろ!」  我に返った門番が口々に反論、唾と一緒に罵声を飛ばす。  ぐっと押し黙る。  そうだ、その通り。他力本願はよせ。キレたレイジを止められるのは俺だけだと自分を叱咤、恐怖に竦んだ足を引きずるように歩き出す。  「刃の錆にしてくれるわっ!」  「おもしれーじゃんか廃帝、鈍らナイフで頚動脈切り裂けるもんなら切り裂いてみろよ!お前とダンスすんのも久しぶりだ、足が棒になるまで踊ってくれよ!」  レイジは素手、サーシャはナイフ。しかしレイジはハンデを物ともせずサーシャを軽くいなしてる。  実力ではレイジが上。  怒り狂ったサーシャが獲物にとびかかる蛇の俊敏さで腕を跳ね上げる、間接が無いかの如く腕を柔軟に振り回してナイフを突き入れる。  レイジは軽快なステップで悉くを回避、脇腹を掠めたナイフが上着の切れ端を攫っていっても気にせず後方へ跳躍し間合いをとる。サーシャが奇声を発する。頭を屈めた姿勢で疾駆、レイジの間合いを侵して横ざまにナイフを振り上げる。  白銀の残光を曳いたナイフが、レイジの右肩から左脇腹へと抜ける。  「東京プリズンの支配者は私一人で十分、毛色の珍しい雑種は血抜きして剥製にしてくれる!」  「レイジっ!?」  サーシャの死刑宣告に俺の悲鳴が重なる。  ビリッ、と音がする。布が裂ける甲高い音。ナイフの刃が布を噛んで断ち切る音。間一髪、半歩だけ後退したレイジの右肩から脇腹にかけて袈裟懸けに裂けて素肌が覗く。  布切れが宙を舞う。  服を斬らせて身を守る高等な回避術、あと半瞬反応が遅ければナイフの刃が肉を裂き盛大に血が噴き出していた。  上着の裂け目から褐色肌を覗かせレイジが舌打ち、きょろきょろとあたりを見回す。  「素手はちょっときついな」  手頃な得物を捜してると直感、弾かれたように走り出す。  「!?おま、なにすっ」  ぼけっと突っ立ってる門番二人組に走り寄り、激しい揉み合いの末に鉄パイプを奪う。  「レイジ、受け取れ!」  腕を大きく振りかぶり鉄パイプを投擲、天井すれすれの放物線を描いた鉄パイプが狙い通りレイジの手におさまる。  「サンキュ、ロン!」  虚空で旋回した鉄パイプを難なくキャッチ、俺を振り返る余裕を見せたレイジの正面に影が揺らぐ。  「よそ見すんな馬鹿っ、」   甲高い金属音が鼓膜を突き抜ける。  体前に翳した鉄パイプに刃が食い込む。金属が金属と噛み合う耳障りな音……力と力が拮抗する軋り音。レイジが両腕を突っ張り体前に押し出した鉄パイプは火花を散らして刃を受け止めた、鉄パイプの表面に刃をめり込ませたナイフはそこで停止し両者に膠着状態が訪れる。  いつ崩れてもおかしくない危うい均衡の中、前傾姿勢をとってレイジにのしかかったサーシャが口を開く。  「暗殺の技量でお前に劣るなど絶対認めん」  肘まで袖が捲れた腕に静脈が浮かぶ。  ナイフの柄が砕ける程力を込めているのが五指の強張りでわかる。  骨と皮ばかりの体のどこに鉄パイプを刻む力を秘めているのか、今この時も鉄パイプを噛んだ刃は不吉な軋り音を上げて金属を削っている。  空気が緊迫する。アイスブルーの目に炎が燃え上がる。  「生まれつきの暗殺者は自分だけだと思っていたのか。奢るなよレイジ」  「どういう、ことだよ」  鉄パイプを体前に構えて斬撃を防いだレイジが顔を顰める。  サーシャがクッと喉を鳴らす。  ひょっとしたら、笑ったのかもしれない。  「暗殺を生業とするのはお前だけではない。私とてモスクワのサーカスで訓練をした、一発で標的を仕留めるべくナイフ投げに励んだ。爪が剥がれても手の皮が剥けてもナイフを投げ続けた。そうして私は私になった、皇帝サーシャとなったのだ!その私がお前に劣るなどあってはならん、ペア戦では不本意な敗北を喫したが暗殺者としての技量まで劣るとは到底思えん。何故ならお前は卑しき雑種、私の足裏を舐めるのが似合いの卑しい犬だからだ!レイジよ今ここで決めようではないが、どちらが暗殺者として上かはっきりさせようではないか!ちょうどあそこに隠者もいる、私には暗殺を任せられんとお前を選んだ憎き男があそこにいる!」  「どういうことだ、ホセ」  ホセはにこやかに俺を見る。  野暮ったい黒縁眼鏡の奥で糸目が柔和に笑ってる。  嫌な予感が徐々に形を取り始める。  「お前まさか、二股かけたのか。サーシャにも『あの事』頼んだのか!?」  「保険ですよ」  ホセがしれっと嘯く。   「彼もまたナイフ使いの暗殺者として裏社会で名を馳せた身、どちらがより我輩の意中に沿って動いてくれるか秤にかけた上でお二方に声をかけるのが礼儀でしょう」  「おま、サーシャがレイジライバル視してんの承知でっ……」  ホセの顔を覗き込む。細めた目に酷薄な光が宿る。限りなく無表情に近い淡白な笑顔は完璧に感情を抑制する理性の働きによるもの。ホセにしてみりゃ今この瞬間起きてる出来事も計算どおり、二人を競わせて実力を測るショーなのだ。どちらがより手駒にふさわしいか暗殺者として上か、それを知る為にあえてサーシャに声をかけて南棟帰りのレイジにぶつけたのだ。  レイジもサーシャも操られてるにすぎない。  渡り廊下で突如行われた殺し合いの黒幕は、ホセだ。  「…………くそったれ!」  「お褒めに預かり光栄です」  ホセがおどけて肩を竦める。ホセはあくまで傍観者に徹するつもりだ、レイジが死のうがサーシャが死のうが指一本動かす気はないとしれっと取り澄ました表情が言っていた。  くそったれ。  もう一回口の中で呟き、頼りにならないホセを放っぽって体当たりでレイジを止める覚悟を決める。ペア戦の二の舞はごめんだ、相棒のピンチをただ眺めてるのはこりごりだ。  「……なるほど、ホセらしいや」  レイジが薄く微笑む。地獄耳のレイジにはホセと俺の会話がばっちり聞こえてたんだろうが、とくに取り乱す様子もない。俺よりホセと付き合いが長くホセの本性をばっちり知ってるのだ、隠者の謀を鼻で笑い飛ばせるくらい王様はどっしり構えてる。  不意に腕の力を抜き、サーシャが前のめりによろめくと同時に鉄パイプを跳ね上げナイフを弾き返す。  圧力の消えた鉄パイプを片手に下げ、レイジがため息を吐く。  「サーシャ、お前そんなに所長殺したいのか」  「……愚問だな」   赤い舌が扇情的にナイフを舐め上げる。  横に寝かしたナイフに頬ずり、狂気に濡れた隻眼を細める。  恍惚とした表情でナイフに接吻、そこはかとなく淫靡な湿りけを漂わせてナイフの表面に舌を這わす。  「私からお前を奪った男が憎くないはずないではないか」  「北でも噂になってんのかよ?」  レイジが世にも情けない顔をする。  サーシャがいやらしくナイフを愛撫する。  平行に寝かせたナイフにこれ見よがしに頬ずり、卑猥に蠢く舌で金属の表面に唾液を塗り付ける。  横に斜めに翻るナイフの表裏を這い回る舌。唾液を捏ねる音もいやらしく、フェラチオを思わせる淫らな舌遣いでナイフの切っ先から根元まで貪り尽くす。  頬が悩ましく上気する。  艶めかしく目が潤む。  刃で切れた舌から唾液に溶けた血が滴り落ちる。  舌の先端から粘着の糸引く血が垂れる。  ナイフに奉仕する傍ら、完全にイッちまった表情でレイジを仰ぐ。  「所長の奴隷に成り果てるとは東の王も落ちぶれたものだ」  サーシャが傲慢に言い放つ。隻眼には侮蔑の色。  「まんまと下克上されるたあ北の皇帝サマも落ちぶれたもんだな。さんざ威張り散らした下僕どもにマワされた感想が聞きたいね」  レイジが傲慢に言い放つ。隻眼には嘲笑の色。  「お前は私の犬だ、皇帝が愛する犬だ。突如降って湧いた変態に横から掻っ攫われる謂れはない。必ずや所長を殺しお前を取り戻す、そして今度こそ首輪を嵌め鎖に繋ぎ皇帝の下で飼い殺しにするのだ、光栄に思え!」  略奪者への嫉妬がサーシャを突き動かす。  肩に流した銀髪をさざめかせて急接近、殺意で研いだ刃が心臓に……  「勝手なこと言ってんじゃねえ、レイジは俺の物だ!!」  体が自然に動く。  南の門番からトンファーをひったくり走り出す。心臓を抉らんとしたナイフが鉄パイプで弾かれてサーシャが大きく体勢を崩す、前のめりにたたらを踏んだサーシャに隙ができる。今だ。  小柄な体とすばしっこさを生かしてサーシャの懐に潜り込む。  「!?ぎあっ、」  トンファーで思い切り脛を強打、たまらずサーシャが膝を屈する。  脛をしたたかに打ち据えられた激痛に悶絶するサーシャ、その眼前でトンファーを構える。  「お前にも所長にもレイジを渡すもんか、レイジは俺の相棒なんだよ!」  「かっこいー。惚れちまいそ」  レイジが軽薄に口笛を吹く。野郎、人の気も知らねえで!  レイジを背に庇うように立ち塞がった俺の足元、脛の激痛に呻きながらサーシャがガンをとばす。  「下がれ、猫め。王と皇帝の聖戦を邪魔するな」  「下がらねえ」  何も無いよりマシだと思い、見よう見真似でトンファーを構える。  心臓が爆発しそうに高鳴る。渡り廊下のど真ん中、レイジを背に庇った俺の正面にゆらり瘴気を漂わせてサーシャが立ちはだかる。  幽鬼めいて緩慢な動き。  「ならば、もろともに滅ぼすまでだ」  「ロン、下がってろ!」  凄まじい殺気が吹き付ける。  蛇のように玄妙な動きで腕を泳がすサーシャに釣り込まれ、ふわりと前に出る。まずい。我に返るより早く頬に痛みを感じる、ナイフが頬を裂いたのだ。  咄嗟にレイジが俺を抱いて横ざまに身を投げ出してなけりゃ危なかった、口が耳まで裂けていた。  レイジに押さえ込まれた姿勢から無理を承知で翻意を求める。  「サーシャ、話を聞け!こんな所で殺しあっても意味ねえよ、冷静になれ!全部ホセが企んだ事なんだ、レイジと殺しあうよかホセとっちめるほうが先だろうが、順番間違えてんじゃねーよ!」   鼻先にナイフが突き立つ。  俺の鼻を削ぎ落とそうと腕を振り下ろしたサーシャが忌々しげに舌打ちする。レイジに後ろ襟を引っ張られて間一髪首を引っ込めたのが幸いした。レイジが俺を乱暴に突き飛ばす、俺はそのままゴロゴロ廊下を転がる。視界が反転、天井と床が忙しく入れ替わる。勢いを殺せず背中から壁に激突、内臓に打撃を受けて激しく咳き込む。  「がほっごほっ……」  「死にたくなけりゃ引っ込んでろ、ジャンキーに言葉は通じねーぜ!?」  バネ仕掛けの瞬発力で跳ね起きたレイジがスニーカーのつま先で俺が落としたトンファーを蹴り上げる。  宙に舞ったトンファーが蛍光灯を直撃、反射的に頭を抱え込む。蛍光灯の破片が鋭くきらめき降り注ぐ中、光の乱反射で目を潰されたサーシャがナイフを振り回す狂乱を演じる。  「卑怯だぞ東の王め、正々堂々勝負し……」  軽快な靴音が駆けてくる。  「おもろいことやっとんなー。俺も混ぜてや」  次の瞬間、サーシャがもんどり打って吹っ飛ぶ。  体の側面に飛び蹴りが炸裂したのだ。  サーシャに飛び蹴り食らわせたついでに逆上がりの反動で一回転、天井に靴裏掠らせてすたんと降り立ちトレードマークのゴーグルをぐいと押し上げる。  「あら、おらへん。さっちゃんどこ行ってもうたん」  素人離れした身ごなしの闖入者はヨンイルだった。  「ナイスヨンイル、助かったぜ」  ヨンイルに蹴り飛ばされたサーシャを警戒、起き上がってきた時に備えて身構える。濛々と舞い上がる埃の向こう、床に突っ伏したサーシャは気を失ってるのかぴくりとも動かない。  終わった、のか?  あっけない幕切れに脱力。  埃が晴れるのを待ちサーシャに接近したレイジがつま先で腕をつつくも反応はない。うつ伏せに倒れたきりうんともすんとも言わないサーシャのそばにヨンイルが寄ってくる。  「なんやむかつくなー……俺抜かしたトップが渡り廊下に集まって楽しい事しとったみたいやんけ。すぐそこの医務室におるんやから声かけてくれはったらええのに、俺だけ仲間はずれにしくさって感じ悪いわー」  「遊んでたんじゃねーよ、殺しあってたんだよ」  ぶすっとむくれたヨンイルに惰性でつっこむ。  唐突な拍手。  全員揃って顔を上げる。  「いやはや愉快な見世物でした。重度の覚せい剤中毒者といえどサーシャ君のナイフの切れは鈍ってない。ロン君を庇いながらサーシャ君と互角に渡り合ったレイジくんもさすがといいますか、お二人の殺し合いに恐れ入った次第です」  「お前が仕組んだんだろ」  「なんのことやら」  ホセがそらっとぼける。  「二股かけられるなんざ舐められたもんだな、俺も」  拍手しながら歩いてくるホセに鉄パイプを投げ返し、レイジが不敵に微笑む。  「俺とサーシャ両方に唾つけて駒にするつもりだったんだろ。生憎ここは東京プリズン、いつ何が起きて誰が死んでもおかしくねえ砂漠の真ん中の監獄だ、俺に不幸があった場合はサーシャに暗殺任せるつもりだった。逆もまたしかり。サーシャが怒り狂うのも当然だ、俺とアイツのどっちが暗殺者として優れてるか秤にかけられたんだから。隠者は全部最初からお見通しってわけか、ファッキン」  「お気に障ったんなら失礼。ですがこれも確実に所長を消すため、人選には慎重を期さねば……」     「『こんな男は地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない』」  ひどく醒め切った目でホセを見下し、静かに宣言。  弁解を続けるホセにあっさり身を翻し歩き出すレイジ、慌ててその後を追う。  「気分が変わった。例の話はなしだ。サーシャと二股かけるよーなヤツ信用できるか。二股かけるのは好きでもかけられんのは大っ嫌いなんだよ、俺は。所長殺したけりゃ他当たれ。それこそ床で伸びてる元皇帝サマにでも頼みゃいいだろ」  うつ伏せに倒れたサーシャに顎をしゃくる。  靴音響かせて廊下を歩くレイジ、その背を声が追ってくる。  「本当にいいのですか、東の王。今いちばん所長に苦しめられてる君だからこそ話を持ちかけたのですが」  レイジが立ち止まる。  靴音の残響が虚空に吸い込まれ、静寂が深まる。  激しい不安に駆られてレイジの背を見守る。  思慮深く黙り込むレイジの背中を見詰め、ホセが淡々と続ける。  「北でも南でも西でも噂になっています、東の王が所長の性奴隷に成り果ていいように弄ばれていると。所長の束縛から逃れられるなら悪い話ではない、復讐のチャンスが巡ってきたと喜びこそすれ断る理由が見つからない。それこそ我輩は不思議でしょうがない。東京プリズン最強の男、無敵無敗のブラックワーク覇者たる王がなにゆえ理不尽な仕打ちに抗しないのです。弱味を握られている?被虐趣味に目覚めた?それとも……」  異変を察してレイジを凝視。  不規則に肩が痙攣、クッと声が漏れる。  笑い声が爆発したのは次の瞬間だ。  そこれそホセの挑発が引火したが如く発作に襲われた体が意思に関係なく仰け反り跳ねて藁色の髪が盛大に散らばる。  全身で笑いを表現するレイジに呆然とする。  酸欠になる一歩手前、深呼吸で笑い納めたレイジが緩やかに振り向く。  晴れやかな笑顔。  「人に命令されるのは性に合わねえ。俺が殺したいヤツくらい俺が決めるよ。さらに言うなら」  視線と視線が衝突する。  穏やかに笑うホセと晴れやかに笑うレイジ、その目だけが限りなく無表情に近い。  「お前の思い通りになるのが凄まじく不愉快だからだよ」  空気が極限まで張り詰める。  一触即発、いつ爆発してもおかしくない緊迫した空気の中でレイジが歩みを再開。  大股に遠ざかるレイジに何とか追いつき、おそるおそる横顔を窺う。  笑みは消えていた。   「レイジ……、」  「心配すんな、ロン。俺はどこにも行かねーよ」  おそるおそる声をかけた俺に向き直り、包み込むように微笑む。  レイジに笑顔を向けられても安心するどころか不安がいや増す。  近くにいるレイジを遠く感じる。レイジとの距離を縮めたい一心で足を速めて褐色の手に指を滑り込ませる。  レイジの手をぎゅっと握れば、強い力で握り返してくる。  俺の手を握り締め、前だけ見て独りごちる。  「殺るのは簡単だ。問題は殺ったあとだ」  『お前と離れ離れになりたくない』  レイジが二度と放さないと決意を込めて俺の手を握る、どこか縋り付くように必死に。  俺もさらに力を込めて握り返す、縋り付くように必死に。   「逃げるのか、東の王よ」  心臓が止まる。息を呑んで振り返る。  縺れた銀髪を振り乱し、サーシャが床を這いずる。  コンクリ床に爪を立て動かぬ体をひきずり、執念深くレイジを追ってくる。  顔に被さった前髪の奥、アイスブルーの目に激情が奔騰する。  「殺し合いを放棄するか、猫を連れて去るか、臆病者め。そうやって逃げる気か、私から隠者から所長からも逃げて逃げて逃げ続けて安住の地を探す気か。笑わせるな愚か者め、お前に安住の地などあるはずがない!!地獄はいつもいつまでも付いて回るぞ。お前がお前である限り魂の安息など訪れはしない。お前だって本当はわかっているだろう。お前が最も生き生きするのは殺し合いに身を投じる時、お前と私は同じ生まれついての暗殺者、そうだ、お前は生まれついての……」    サーシャが絶叫する。  あまりの忌まわしさに誰もが目を背ける真実を暴き立てるように。    「暴君だ!!」  渡り廊下に絶叫の余韻がたゆたう。  血を吐くように叫んだ直後、サーシャが激しく咳き込む。覚せい剤でボロボロの体で声を振り絞ったせいで内蔵が痛んだらしい。咳は止まらない。ヨンイルがサーシャの肩を掴み「大丈夫か?」と覗き込む。  ヨンイルが差し伸べた手を拒み、いっそう激しく噎せたサーシャが本物の血を吐く。  赤い血。鮮血。  コンクリ床に散った赤い血痕にヨンイルがぎょっとする。  「サーシャ、おどれ……」  レイジの手がすり抜ける。  無造作な足取りでサーシャのもとへと戻り、正面に片膝付く。  咳のし過ぎで喉が切れたか内蔵が傷んでいるのか、唇に血糊を塗ったサーシャが顔を上げる。  朦朧と焦点彷徨う目で仰がれ、レイジが聖母の微笑みで応える。   「いつでも来いよ。相手してやるよ」  乱れた銀髪を優しく撫でる。  レイジがもう一方の手で自らの眼帯を外し、遠くに放り投げる。一抹の未練なく投げ捨てられた眼帯がふわりと宙を滑り、床に落ちる。  現れたのは無残な傷跡、サーシャにナイフで切り裂かれたあと。  もはや咳を抑えるだけで精一杯、手を振り払う気力もないサーシャの眼帯を剥ぎ取り、器用に紐を引っ掛けて顔に垂らす。    黒革の眼帯を掛けたレイジがサーシャの顔を手挟み、ゆっくりと起こす。  「それまでコレは預かっといてやる。審判の喇叭が吹かれる前に取り返しに来い」  誰もが目を奪われる魅力的な微笑みを浮かべ、祝福を授けるように唇の端にキスをする。力尽きて瞼が下り、サーシャが完全に意識を失う。顔を手挟まれたまま失神したサーシャをヨンイルに預け、レイジがあっさり立ち上がる。  「お待たせ。行くか」  戦利品の眼帯を掛けた王様が飄々と歩いてくる。  圧倒的な自信。  圧倒的な余裕。  威厳を感じさせる黒革の眼帯は王様によく似合っている。    俺にはそれが片目に施された封印に見えて。  次に暴君が目覚めるのは眼帯が外れた時だと思った。 [newpage]  「静かだと読書がはかどっていいな」  時刻は夜、皆が寝静まった頃。  見舞いの客の絶えた深夜、風邪をこじらせて肺炎を併発した者や強制労働中の事故またはリンチで骨折した者、いずれも立って歩けない重患ばかりを収容した医務室では話し声もしない。  自分の意志で動けない重患は本を読む以外にすることもないが、知的好奇心旺盛な僕を除いて低脳揃いの囚人が自発的に本を読むはずもなく、従って長い夜を持て余した彼らは早々と眠りに就く。  素晴らしく健康的な習慣だが、もともと読書好きで就寝時刻が過ぎても本に齧りついていた僕には関係ない。  今夜もまた熱心に本を読み耽ってふと気付けば就寝時刻を大幅に過ぎていた。  まずい。  きりの良い所で本を閉じ、枕元に置く。  医務室は煌煌と明るい。タジマの襲撃事件をきっかけに一晩中電気を点灯しておくようになったのだそうだ。おかげで読書に集中できた。久しぶりに読書に没頭できた満足感にため息を吐き、そろそろ就寝しようと眼鏡の弦に手をかける。  眼鏡の弦に指をふれ、そのまま考え込む。  「……サムライはちゃんと眠れているだろうか。睡眠不足になってはいないだろうか」  サムライは今どうしているだろう。  元気でやっているのだろうか、体調を崩したないだろうか。  ちゃんと食べているのだろうか、無精ひげの手入れはしているのだろうか、僕がいない房で毎日何をして過ごしているのだろうか。  会いたい。サムライに会いたい。  静かに目を閉じて瞼の裏にサムライの面影を想起、おそるおそる体に触れる無骨な手の感触と力強い抱擁を反芻する。  突然胸の発作に襲われる。  心臓がきりりと痛むような感覚。サムライの手、指。愛しげに僕の髪を摘み、愛で、鋏を入れる。シャキンと涼やかな音、冷えた金属音。手際よく僕の後ろ髪を断ち切るサムライ、その真剣な表情と一途な眼光を懐かしく思い出す。  またサムライに触れたい。  触れて欲しい。  触れ合いたい。  心と体がサムライを求めている、全身の細胞が狂おしく疼いてサムライを求めている。  「…………っ、」  寂しい。  唐突にそれを痛感する。  サムライが隣にいなくて寂しい、彼に触れてもらえなくて寂しいと感じている事を受け容れる。  物思いから醒めて、サムライがいない現実に立ち返る。  思わず肩を抱きあたりを見回す。  ベッドの周囲は純白のカーテンに閉ざされている。衝立に遮られた向こうにはここと同じ個別空間がいくつも存在する。  医務室はとても静かだ。  かすかな、本当にかすかな空調音の他にはごくささやかな衣擦れの音と不明瞭な寝言と規則正しい寝息しか聞こえない。今手を伸ばしてカーテンを開けたら何もないのではないか、一面の無が広がっているのではないかと錯覚に襲われる。  まさか。そんな不条理あるわけがないと自嘲しようとして失敗、半笑いで固まる。  僕と世界を隔てるのは薄いカーテン一枚きり、この向こうに今までどおり世界があると言いきれるか?  カーテンを開けたらは何もないんじゃないか、ただ空白が広がっているだけではないかという疑問がにわかに現実味を帯び始め不安を増幅する。  虚空に手を伸ばし、カーテンに触れようとして、ためらう。  「…………」  指を引っ込める。  「……馬鹿な、僕は孤独を感じているのか?一人で眠れない子供じゃあるまいし、情けない」  動悸が激しくなる。  目をしっかり閉じて落ち着こうと努める。  夜は長い。まだ始まったばかりだ。はたして永遠に等しく長い夜に耐えられるだろうか、虚無に呑み込まれはしないだろうか。  昏睡状態の時の夢のように……  その時だ。  「!!」  物音が、した。  医務室の扉が開く音、続く靴音。誰かが医務室に入ってきた。  誰だ?  侵入者の正体がわからぬまま片膝立って警戒する。足音が近付いてくる。一定の歩幅で歩いてるらしい靴音……耳がひどく敏感になっている。聴覚を研ぎ澄まし侵入者の気配を探る。  医者は何をしている、無断で入ってきた者を咎めないのか?  全く頼りないなと舌打ち、カーテンを掴む。  「誰だ、そこにいるのは。安眠妨害の不法侵入者はすみやかに退去、」  「直か」  心臓が跳ねた。カーテンを掴んだ手が強張る。  正面のカーテンに影が映る。影だけでわかった。深夜こっそりと医務室を訪ねてきたのは僕が会いたくて会いたくてたまらなかった男……  サムライだ。  しかし何故サムライが?見張りはどうした?  「サムライ、見張りはどうした。斬ったのか」  「木刀で人が斬れるわけがない。生憎俺の腕はそこまで達してない」  「そう、だな。物理的に不可能なことを言ったな、僕は。今の発言は忘れてくれ」  片手で頭を支えて俯く。僕自身混乱している、動揺している。  会いたくて会いたくてたまらなかった男が突然現れてどう対処していいか思い悩んでいる。夢じゃないのか、サムライを求めるあまり幻覚を見ているのではと次々と疑問が浮かぶ。  「サムライか。本当にサムライなのか」  「ああ、俺だとも」   くどいほどに念を押せば、僕の動揺を汲み上げるように落ち着いた声が返ってくる。  サムライだと直感する。  サムライの声を忘れるはずない、聞き間違えるはずがない。会いたくて会いたくて会いたくてたまらなかった男が今ここにいる、カーテンの向こうに所在なく立ち竦んでいる。  胸が熱くなる。様々な感情が一挙に込み上げてくる。  物狂おしい衝動に駆られて毛布をどかしてベッドを這い進み、サムライの吐息でかすかに波打つカーテンに顔を近付ける。    大きく深呼吸する。  「この低脳、今更来ても遅い!!何故今頃になってやってくるんだ、わかっているのか、三週間だぞ三週間!僕が手術を終えて入院してから既に三週間が経過する、この三週間君は所在なく廊下をうろうろしていただけ、すぐそこに僕がいるのに扉を蹴破ってとびこんでこなかったのは何故だ、扉を蹴破る労力を払うほどには僕に会いたくなかったとでも言うのか、医務室の扉と比べて僕はとるにたらない足らない存在だと言うのか、IQ180の頭脳の天才鍵屋崎直が無機物に敗北したとでも!?確かに医務室の扉はシンプルでありながら洗練されたデザインで機能的に優れているし清潔な白塗りの外観は美しいと評せなくもないし頑丈な造りで安全性も」  「落ち着け直、医者が起きる」  「この期に及んでごまかすとは卑怯だぞサムライ、僕が無機物の扉にも劣る存在なのかどうかはっきりしろ!」  馬鹿な、これじゃまるで扉に嫉妬してるみたいじゃないか。  無機物に嫉妬するほど僕は落ちぶれてないぞ、そんな次元の低い嫉妬ありえない。否、嫉妬に次元の低いも高いもないか。  待て、そういう問題じゃない。  僕はサムライに怒っているんだ、激怒しているんだ。三週間も僕を待たせた挙句に今頃になってひょっこりやってきて「直か」だと、僕がこの三週間どんな気持ちでいたと思っている、朝起きて昼読んで夜寝て夢の中でも君を待ち望んでいたと思っている!?  胸が苦しい。  サムライに会えたら胸の痛みが無くなると思った、胸のしこりが溶けると思った、サムライの面影を抱いて煩悶する夜から抜け出せると思った。しかし実際彼の声を聞いてカーテンに映った姿を見たら瞬時に理性が蒸発、僕は激情をぶちまけていた。  縋るようにカーテンを掴み、激しく揺さぶる。  「思い上がるなよサムライ。君などいなくても平気だった、僕の日常は変わらなかった」  カーテンの向こうでじっと耳を澄ます気配。  サムライは微動だにせず僕の咆哮に耳を傾けている、弁解ひとつせず非難を浴びている。  僕には容易に想像できる。  体の脇でこぶしを握りこみ悄然とうなだれて、しかしなお口元を一文字に引き結んだ頑固な顔つきで忍耐強く罵倒を受け止める男の様子が。  「君如きの不在で僕が変わるはずがない、僕がどうかするはずがない。いつもどおり朝起きて食事をし本を読みロンやヨンイルと他愛ない話をしてこの三週間そうやって過ぎていった、君がいなくても僕は何も不自由しなかった、君がいなくても!!」  「俺は」  僕の言葉を遮るようにサムライが口を挟む。  カーテンに縋り付いたまま、沈黙の重みに耐えて顔を伏せる。  機械的な空調音がかすかに流れる中、男が淡々と続ける。  「俺はただ、寂しかった。とても寂しかった。言葉では言い尽くせぬほどに」  苦悩が滲んだ声音だった。  カーテンを開けなくとも目の下に隈を作った顔がまざまざと想像できた。憔悴した面差しのサムライを脳裏に思い浮かべ、何か言いかけて口を開き、また閉じる。  不用意に口を開けたら嗚咽が零れてしまいそうだ。  だから僕はぐっと奥歯を噛み締める、しっかりと唇を噛んで体の奥底から噴き上げる激情を抑圧する。  「夜毎お前の毛布をなでた。少しでも近くにお前を感じたくて、お前の感触を思い出したくて、お前のベッドに寄り添っていた。寝ても覚めてもお前のことばかり考えた。元気にやっているか、怪我は治ったか、苦しんではないか、食事が喉を通るようになったか……いつ頃帰ってくるのか」  カーテンが空気を孕んで膨らみ、手の形が浮き出る。  サムライがカーテン越しに手を伸ばしてきたのだ。カーテンを纏った手が、そっと頭におかれる。カーテンに遮られていても手の熱を感じる、骨ばった指の感触を感じる。  「……元気そうでよかった。毒舌も健在だ。俺が知る、俺の直だ」  「そうだ。君の直だ」  嗚咽を堪えてそれだけ返す。  サムライが慎重な手つきで頭を撫でる。胸に蟠っていた何かが急速に溶けていく。サムライが会いに来ない不満や寂しさや怒り、それら負の感情が瞬く間に浄化されて体の内側を涼風が吹き抜ける。  最初はおずおずと、徐徐に大胆さを増して僕の頭を撫で続けるサムライ。僕の髪の感触をいとおしむように触れていた手がやがて顔へと折り、頬を包む。  「愛しい直だ」  緩く目を閉じてサムライの手に身を預ける。  頬を包む手が心地よく安心感を与えてくれる。サムライがゆっくり手を動かし、僕の頬をさする。頬とカーテンが擦れて少しくすぐったい。  「……手紙、読んだぞ。何だあれは?朴念仁にも程がある」  小声で文句を言えば、サムライが憮然と黙り込む。   「……仕方なかろう。病床の友に何を書けば良いやら判断がつきかねたのだ」  「封筒に入ってた髪はちゃんと洗ったのか」  「無論だ」  「ならいい」  サムライの愛撫に身を委ねる。  ゆるやかに頬をさする手から甘美な感覚が生み出される。  繊細さがかけらもない無骨な手なのに、僕の頬を包んでさする仕草はとても愛情深く、どことなく淫靡でさえある。  猫が喉を撫でられたらこんな気分なのかもしれない。  サムライは僕の気持ちいい所を熟知している、僕が最もして欲しい事を汲み取ってくれる。  心が奥底で繋がっている。頬を包む手から感情が流れ込む。  「…………すまなかった」  真摯な謝罪に薄目を開ける。カーテンに映る人影が深々うなだれる。 僕の頬から手を引いたサムライが、苦しげに続ける。  「危険な目に遭わせてすまなかった。すべて俺の責任だ、俺がお前を手放しさえせねばこんな事にはならなかった……何も知らぬお前を帯刀の因縁に巻き込んでしまった」  「サムライ………」  「俺がもっとしっかりしていれば、お前を守りぬく覚悟があればこんな事にはならなかった。お前は血を流さずにすんだのだ。俺の手は血塗れている。静流の手も血塗れている。帯刀家は血塗れた一族、所詮は殺し合いの中でしか生きれぬのだ」  「サムライ、それは違う。宿命も運命も僕は信じない。人生を左右するのは選択で決定するのは意志だ、それ以外にありえない。確かに君が人を殺したのは事実だ、しかしそれには理由があった、許されはしなくても共感されるべき理由が……」  「知っているのか」  周囲の温度が一二度下がった気がした。  失言に気付いて口を閉ざした時には遅く、あたりは重苦しい沈黙に支配されていた。カーテンの向こう、手を伸ばせば届く距離のサムライが何故か遠く感じられる。  凍り付いた時間の中、生唾を嚥下して話しだす。  「……静流から聞いた。君が実父含む門下生十二人を殺した理由を」  息を呑む気配が伝わる。  顔に浮かぶのは驚愕の相か悲哀の相か、僕には判断が付かない。  カーテンを握り締めて顔を上げ、萎えそうな舌を叱咤して必死に続ける。  「もしも僕が同じ立場でも同じことをする、世界で一番大事な人間がそんな目に遭わされたら同じ事をする。五十嵐の時と同じだ。僕はあの時ヨンイルに銃口を向けた五十嵐を止めたが自分がしたことが正しいなんて思い上がった事は一度もない、ただ僕はヨンイルを助けたかった、漫画の素晴らしさを教えてくれた大事な友人を失いたくなかったんだ。僕はヨンイルが好きだから」  思い出す。  亡き娘の為に人殺しとなる葛藤に苦しみヨンイルに銃口を向ける五十嵐、その銃口を掴み自らへと引き寄せるヨンイルの達観した表情……吹っ切れた笑顔。  ヨンイルは死を受け容れていた、自分の死に納得していた。本来なら僕が口を出すべきではないとわかっていた、無関係の立場の人間が知ったかぶって止めに入るべきではなかった。  しかしあの時は、そうせずにはいられなかった。  『元気な重患やな。長生きすんで』  生きる意欲を分け与える明るい笑い声。  『ちょうど良かった、皆で動物のお医者さんに貪り読もうや。傷が塞がるまで暇やろ直ちゃん、二ヶ月も入院期間あるなら動物のお医者さんどころかガラスの仮面読破も不可能ちゃうわ。あ、せやけど傷開いて腸がどばーっと溢れたらヤバイからできるだけ笑い堪えてや!とくに漆原教授は出てきただけで笑えるから手のひらか紙で隠して……』   陽気に励ますヨンイル。  僕はこれまでヨンイルに救われてきた、ヨンイルの明るさに支えられてきた。ヨンイルは友人だ。サムライとはまた違った意味合いの友人だ。僕はヨンイルを大事に想う、彼にはいつまでも笑っていて欲しいと願っている。  西の道化にはいつも笑っていて欲しい。  「……僕は正しくない。鍵屋崎優と由香利を殺したことが正しいなんて言えない、僕が両親を殺したせいで恵はひとりぼっちになってしまったのだから」  もう随分昔の事の気がする。  目を閉じて追憶に耽る。僕と全然似てない両親、鍵屋崎優の傲慢な顔と鍵屋崎由香利の辛辣な顔が交互に去来する。  僕は両親を憎んでいた、恵が求める愛情を与えず子供を顧みず研究に没頭する両親を憎んでいた。  しかし、二人を殺したのが正しい事のはずがない。  カーテンがかすかに動き、悔恨の滲んだ声が漏れてくる。  「…俺は俺自身が許せない。剣の師範たる父を殺して共に学んだ門下生を殺した罪は一生消えない。一生かけても償うことなど無理だ」  自責と慙愧の念に苛まれて眉間に皺を刻んだサムライが、血を吐くように心情を吐露する。  「しかし、もっと許せない者がいる」  カーテンレールの金具が耳障りな音をたてる。  サムライが何かに耐えるようにカーテンを掴み、肩を震わす。  噴き上げる憤怒を堪えるように、込み上げる哀感を堪えるように、全身を強張らせる。カーテンの金具がうるさく鳴る。  カーテンの向こうから押し殺した息遣いが聞こえてくる。  布に顔を埋めるようにして、低く、ひび割れた声を搾り出す。  「……俺は今でも奴らが憎い。苗に取り返しのつかない事をして死に追いやった連中が憎い。何も告げなかった父が憎い。俺はずるい人間だ。卑怯な男だ。苗は俺に殺されたも同然なのに今でも苗を慰み者にした連中が憎いのだ、奴らこそが苗を殺したのだと憎んで憎んで憎みぬいているのだ。多分奴らが生き返っても同じ事をする、俺はまた刀をとり連中を一人残らず斬り殺す。苗の弔い?馬鹿な、心優しい苗がそんな事望むはずもない。弔いと称してあの世に送りつけた下衆どもに喜ぶはずがない。俺はそれでも殺さずにはいられなかった、そうせずにはいられなかったのだ。苗を犯した連中がそれを知っていながら放置した父がどこまでも憎くて憎くて斬り殺さずにはいられないのだ!!」  語尾が激情に掠れる。  荒い息遣いが聞こえる。  僕は呆然とカーテンを見上げていた。  カーテンの向こう、いつもの鉄面皮をかなぐり捨てて激しい本性を曝け出すサムライに圧倒された。  静謐が降り積もる。  世界が消えたようだ。否、違う。世界は消えてなどいない。それが証拠にカーテンが揺れている、何者かが外側からカーテンを掴んでいる。  その何者かが憎しみに濁った呪詛を吐く。  己に流れる血に苦悩して。  人斬りの血を呪い。  「………何遍般若心経を唱えても心休まらぬ。罪は償えぬ。俺は人殺しだ。のみならず親殺しだ、苗を見殺しにした男だ。それでもまた奴らが生き返れば同じ事をする、躊躇なく刀を振るいヤツらを根絶やしにする!俺は………」  拳がカーテンを打つ。  カーテンが風を孕んで膨らむ。手ごたえがないのを承知で何度も何度も拳を振り下ろす、何も砕けないのを承知で虚しくカーテンを穿ち己を責め立てる。本当に砕きたいのは自分だ、しかし自分を砕いたら駄目だ、自分を砕けばもう僕は守れない。  だからサムライは、  「俺は、人斬りだ。武士ではない、侍ではない、ただの血に飢えた人斬りだ!!」  悲痛な咆哮が胸を抉る。  瞬間、体が動いた。  カーテンが風を孕んで膨らんだ隙に胴に腕を回す。  サムライの熱を、体温を感じる。胸の内に温かい感情が流れ込む。瞼が火照る。眼球が潤む。サムライの胴に腕を回し抱きしめる、縋り付くように抱擁する。カーテンが大きく捲れ、一瞬だけサムライの全身があらわになる。  驚愕に目を見開いた顔。  その顔を見た瞬間、僕の中で何かが爆発した。  「君はサムライ以外の何者でもない、僕が愛した男が人斬りであってたまるか!!」  サムライが力強く僕を抱きとめる。逞しい腕が肩を包み込む。   垢染みた囚人服の胸に顔を埋める。速い鼓動を感じる。サムライが今確かに生きている証だ。  ああ。  僕は彼が愛しい。  かつて犯した罪ゆえに武士ではなく人斬りだと自分を責め続ける気高さが愛しい。   心の底から愛した女性を失った怒りに任せて刀を取り、父親と門下生十二人を斬り殺した。   恐ろしい男だ。  しかし誰より彼を恐れているのは彼自身、サムライ自身だ。己に流れる帯刀の血を誇りに思うのと同じ位忌み嫌い、しかし逃れられず、人斬りと武士の狭間で苦しみ続けている彼自身なのだ。  哀しい男だ。  哀しいくらい真摯で、高潔で。  優しくて。  「………君が自身の罪を許せないなら、僕が許す。この世の誰も君自身ですら許せない罪でも僕なら許せる、許すことができる」  僕への優しさは、己への厳しさの裏返しだ。  渾身の力でサムライを抱きしめる。  「君自身が許せなくても僕は受け容れる。僕らは同じ人殺しだ、親殺しだ。君に流れる血はどこも特別じゃない。血がどうしたというんだ、全身の細胞に栄養分を運搬する媒体となる体液、それ以上でも以下でもないじゃないか。そんな物にこだわって一生を無駄にするんじゃない、そんな物に『因縁』だとか『宿命』だとか大層な名前を付けて縛られるんじゃない。君は帯刀貢、本物のサムライだ。重要なのは血じゃない、そんな物じゃない、重要なのは……」  サムライの胸に手をあてる。  手のひらに規則正しい鼓動を感じる。  「ここだ。ここに宿る物だ。君が『信念』と呼ぶもの、僕を包み込むものだ」  サムライが己を憎んでも、許せなくても。  彼を愛しく想う気持ちに変わりない。    君を愛しく想う気持ちに変わりない。  「君はサムライだ。サムライ以外の何だというんだ」  「…………直」  サムライが僕を抱きしめる。強く、強く、強く。砕けそうなほどに。もう二度と失いたくない、奪われたくないと切実な決意を込めて。  サムライのぬくもりに包まれて顔を上げる。  双眸に優しい光を宿し、サムライが微笑む。  「しばし、抱かせてくれ」  「抱くだけで満足なのか」  サムライが虚を衝かれる。不意に恥ずかしくなり、サムライの腕をすり抜けてカーテンの内側に隠れる。何だ、今の発言は。どうかしているぞ、僕は。二の腕をさすりサムライの抱擁を反芻、カーテンの外側の彼を見上げる。  足音を殺し息遣いを潜めてカーテンに忍び寄る。  カーテンに起伏ができている。サムライの顔の膨らみだ。  カーテンの起伏に近付き顔のあたりを凝視、唇の位置を確かめる。  「………………」  目を閉じる。カーテンがそよぐ音が耳朶をくすぐる。  そっとカーテンに寄り添い、布一枚隔ててサムライに顔を被せ、唇を重ねる。  薄い布が頬をくすぐる。滑らかな布が唇にふれる。  カーテンの向こう、僕にキスされたのに気付いているのかいないのか無言で佇むサムライから素早く身を翻す。  淡い感触が残る唇に触れ、虚脱してベッドに座り込む。  「全治二ヶ月だ。今はこれで我慢してくれ」  急速に顔が上気する。カーテンの向こうから動揺の気配が伝わり恥ずかしさが倍増する。  わざとらしい咳払いに一方的な言葉が続く。  「また来る。達者でな」  呼び止める暇もなく身を翻しサムライが出て行く。バタンとドアが閉じ、医務室に静寂が舞い戻る。  「~~~~~っ!」  顔が熱い。頭から毛布を被りベッドに突っ伏した僕のもとへ足音が近付いてくる。はっとして顔を上げれば、無造作にカーテンを捲って医者が顔を出す。  「ふわあ、よく寝た……ワシが居眠りしてた間にお客が来たようだが、何を話していたんだね」  医者が意味ありげに目配せする。  居眠りしたふりでサムライを見逃した医者を鋭く睨み付け、最高に不機嫌な顔で言った。  「血液の成分の話だ」 [newpage]  房に帰るなり押し倒された。  「!いきなりなにすっ、」  「お仕置きだよ」  殴りつける手は掴まれた、蹴り上げる足は押さえ込まれた、口は唇でふさがれた。  乱暴なキスに前歯がぶつかり痛みを感じる。  口腔を貪られ歯列の裏側をほじくられ危うく酸欠に陥りかける。  十分に酸素が行き届かず頭が真っ白になる。  いや違う、頭が空白になったのは思考が働かないのは今起きてる出来事についてけないせいだ。  足掻けば足掻くほど深みに嵌まりぶざまを晒すとわかっていても、激しくかぶりを振り手足をばたつかせ暴れずにはいられない。  抵抗を止めたら最後やすやす組み伏せられてヤられるのがオチだ。  何でいきなりこんな事に?動転した頭で振り返る。  渡り廊下を歩いてる時は普通だった、あるいは普通を装っていた。俺の手を握る指に次第に力が込められてくるのがわかった伝わってきた、迷子が縋り付くみたいに一縷な手の繋ぎ方だった。  レイジが豹変したのは房に入った瞬間だった。  背後で鉄扉が閉じる。周囲の壁に震動が走り残響の余韻がたゆたう。 軋みを上げて閉じた鉄扉を背にレイジと対峙、口を開きかけた俺を遮るように手が伸びてきた。まず最初に口を塞がれた、そのままベッドに押し倒された俺のシャツを捲り上げた。  性急にはだけたシャツの下、素肌が外気にさらされる。  シャツの下から暴かれた裸身をじっくり眺め、不敵に微笑む。  「よーし、いい子だ。俺がいない間他のヤツにさわらせてなかったな」  「わざわざひん剥いて確かめることかよ!?」  理性が吹っ飛んだ。  怒りもあらわに罵声を飛ばすがレイジは懲りた様子もなく俺の上から下りようとしない、俺の胴に跨ったまま素肌に手を滑らせて感度を確かめる。きめ細かく滑らかな褐色の手が巧みに肌をまさぐり腋の下をくすぐる、ベッドに横たわった俺はレイジに操られるがまま人形のように腕を上げ下げする。  すぐにわかった、レイジが何をしてるのか。  俺の上着を剥いで体に痣がないか検分してるのだ。  レイジに抱かれた時もそうだった。  俺の体にはレイジの唇に食まれたあとが無数に散り咲いてしばらくのあいだは人前で服を脱ぐのに抵抗を感じた。脹脛に内腿に下腹部に胸に首筋、到底人に言えない場所も含めて全身至る所に散り咲いた情事の烙印が癒えるまではゆっくりシャワーもできなかった。  「服はなせよ、引っ張るなよ、伸びちまうだろ!お前いない間誰ともヤってねえって納得したら手え放せよ!どうしたんだよお前、渡り廊下の殺し合いの興奮ひきずってんのかよ、血の匂いに欲情してんのかよ、物欲しそうな顔で頬の傷狙いやがって……」  突如渡り廊下で始まった殺し合いを回想する。  廃帝サーシャが猛々しい奇声を発してナイフを振り回す、レイジは鉄パイプでこれに応戦する。  久しぶりに会ったサーシャは前にも増して顔色が悪く痩せこけてアイスブルーの目ばかりぎらぎらと輝いていた。  凍り付いた炎の目、狂気にぎらつく瞳。  レイジめがけて吹き付ける凄まじき殺意の波動。骨と皮ばかりの痩身に忌まわしいまでに精力滾り立つ瘴気を纏わせて、幽鬼じみた形相に死相を隈取らせて、廃帝サーシャは東の王を屠らんとした。  渡り廊下の死闘を思い出し、背中を悪寒が駆ける。  俺はただレイジを守りたい一心でトンファー構えて飛び出していったが結局何の役にも立たなかった、サーシャの脛にトンファーぶつけて動きを止めたのだけが唯一の功績だった。  クスリで廃人化してもサーシャは強いが暴君化したレイジの比じゃないと今度もまた思い知らされた。  「レイジ、ごまかすな!お前に聞きてえこと山ほどあんだよ、一週間近く留守してホセんとこ泊り込んで何話してたんだ、さんざん心配かけやがって………何があったかちゃんと話せよ、最初から説明しろよ!」  ホセとレイジの間で何が話し合われたのかが最大の焦点だ。  依頼を蹴るも受けるもレイジの自由だが一週間近くホセんとこに泊り込んでたのはさすがに不自然だ、よっぽど深刻な話に違いないのだ。  レイジが重大な隠し事してるんじゃないかという疑いがもたげて声を荒げるも本人はてんで取り合わず、耳殻の裏の薄い皮膚を指でくすぐる。  「あっ………」  人にさわられることなど無い場所を不意にくすぐられて、堪え切れずに声が漏れる。  「偉い。俺の言いつけ守ったんだな」  『勝手に外すなよ』……レイジの囁きを思い出す。  耳朶に針を通す痛みが新鮮に蘇る。  レイジは飽きずに俺の耳朶を捏ねている、指で挟んで伸ばして引っ張って丸めてと愛撫を繰り返している。  レイジはしつこくピアスを撫でる。  「怖くて外せねーよ、膿んだら大変じゃんか……」  よわよわしく抗弁する。レイジがスッと目を細める。  驚異的に長い睫毛が震え、物憂い色を湛えた隻眼が気だるく瞬く。  「これ見てもホセはびびらなかったんだな」  声の調子が豹変する。  ひどく冷え込んだ声音で独りごちるレイジを仰げば、手慰みに俺の耳朶を揉みながら物思いに耽っている。  レイジから発散される負のオーラが空気を澱ませて房の底部に渦を巻く。  不穏な気配に怯えつつまともにレイジの顔を見返す。  左目の傷跡を隠す黒眼帯に野蛮さと威厳を感じる。  レイジは真意の読めない目でじっと俺の耳朶を見詰めている、否、正しくは俺の耳朶で輝く銀のピアスに見入っている。  「…………馬鹿にしやがって」  露骨な舌打ちとともに吐き捨て、俺の腹の上で中腰の姿勢になる。  混乱したままレイジの動向を探る。俺の腹の上で上体を起こしたレイジがおもむろにズボンと下着をずり下ろす。危うく叫びそうになった。レイジが上に跨ってさえいなきゃ肘を使ってあとじさってた。  「何、の真似だよ。見苦しいモン鼻先につきつけて、」  急激に喉が渇く。ごくりと生唾を嚥下すれば喉にささくれが引っかかるような違和感を感じる。  俺はすっかり怯えきっていたが、虚勢を張って言い返す。  だがレイジは動じない、俺の視線を跳ね飛ばす威風堂々たる態度で顔の方にずりあがって腰を前に突き出し、ペニスの先端を唇になすりつける。  「!?っぐ、」  固い芯を中心に秘めた赤黒い肉の塊が唇を圧迫、喉の奥で呻く。  独特の生臭い匂いが鼻腔を突いて吐き気が込み上げる。不自然な体勢で仰け反ったまま、顔面に突きつけられるペニスを見下ろす。  皮が剥けて赤黒く成熟したペニス、俺とは子供と大人の差がある雄雄しい性器がてらてらと透明な雫に濡れ光っている。  でかい。ホセのペニスに比べたら小さいほうだがそれでもでかい。  ガキの頃から使い込んで立派に反り返ったペニスは怪物めいた迫力がある。  俺の前髪を掴み、レイジが有無を言わさず言う。  「しゃぶれ」  「…………んんっ!?」  口を引き結んだまま呻きを漏らす。  冗談じゃねえ、こんな物しゃぶれるか。  激しくかぶりを振って拒否すれば逆上したレイジが前髪を強く掴んで揺さぶる、がくがく顎が上下して脳味噌が攪拌される。  「いい子で口開けよ。あーんて口開けてフェラしろよ、涎でべちゃべちゃにして最高に美味そうに。ホセにはやったくせに俺にはできねーなんて理不尽ありか、承知しねーぞ。覚えてるだろ、ロン。こないだ展望台でやったこと。俺がぼけっと見てる前でホセとやりたい放題いちゃついてディープキスの次は地面に膝付いてフェラチオまでして、随分とまあサービス精神旺盛じゃねえか」  レイジが憤懣やるかたなく毒づき口に指を突っ込む。  ちょっと油断して噛み合わせを緩めりゃたちどころに指が侵入してくる、口腔を犯される。  「フェラなんて俺にもやってくれた事なかったくせに、ホセばっかいい思いしやがって」  「ひっひょかよ」  指で前歯を擦られながら吐息に紛れて悪態つく。  歯のぬめりをこそぎ取るように執拗に指で擦り続け歯茎をいたぶる。呼吸ができなくて苦しい。頬の内側の粘膜と歯茎のあいだに指が挟まれる。  俺の強情さにレイジが辟易する。  「口開けろ」  断固として首を振る。  レイジがむんずと鼻をつまむ。当然息はできない。  鼻の穴を塞がれたせいで酸素を取り込めず顔がみるみる充血していく。死ぬ。俺は必死に暴れる、激しく手足をばたつかせのたうちまわり酸欠の苦しみを訴えて気道の解放を要求する。  レイジはにたにた笑ってる。悪戯に味をしめた悪ガキの顔。  レイジの思惑通りになるのは癪だ、けどもう保ちそうにねえ、苦しい……駄目だ、限界だ。  「がはっ、げほっ、ごほっ!!」  大口開け深々息を吸い込み激しく咳き込む。  息ができずに死ぬかと思った。生理的な涙が目尻から零れてこめかみを伝う。  無邪気な笑い声が弾ける。  ベッドに仰け反った俺の鼻からパッと指を放し、レイジが笑い転げる。  「やりー、俺の勝ち。あはははははははっははは、変な顔!馬鹿だなあロンは、強情張んなきゃすぐラクになれたのによ」  「おまっ、殺す気か!?一歩間違えりゃ死ぬとこだったぞ、俺にフェラさせるためなら手段選ばねえってこの人でなしめ!大体人の話最初から最後まで聞けよ、ホセにフェラなんかしてねっつの、ただホセの前に屈んでズボン下ろして股間に顔近づけただけだ、いざフェラしようってあんぐり口開けた瞬間にお前が飛び蹴り食らわしたんだろうがっ」  「はあ?」  レイジがすっとんきょうな声を上げる……やっぱり気付いてなかったかと一気に脱力、徒労を感じる。今度はこっちがため息を吐く番だ。  大袈裟に驚くレイジを睨み付け、軽く咳き込みつつ勘違いを正す。  「全部お前の勘違いだよ。お前の位置からじゃ俺がフェラしてるように見えて無理ないけど実際は寸止め、ホセの物なんか咥えてねーから安心しろ。あんなでっかい物咥えたら顎が外れちまうよ。だいたいお前のモンしゃぶるのもお断りだって意地貫いてた俺が寒風吹き荒ぶ展望台でフェラなんてすっかよ、見損なうな」  胸に人さし指突きつけて啖呵を切れば、レイジの顔がふにゃり溶け崩れる。  「あー良かった、なんだ勘違いかよ、驚かすなよもう!てっきり寒風吹き荒ぶ展望台でホセにご奉仕したのかと思い込んでやきもち焼いちまったじゃねーか。そんならそーと早く言えよ、焦らし上手め」  「お前が言わせてくれなかったんだろ!?」  怒髪天を衝く罵倒にも動じずレイジはご機嫌に笑ってる、俺を抱きしめて頬ずりする様子に毒気をぬかれてうんざり言う。  「……もういいだろ?放せよ。ホセとのあいだにゃ何もなかったんだから」  「『何も』?そいつは嘘だ、ホセとディープキスしたくせに」  「あれは……不可抗力だよ。ホセが悪乗りしたんだよ。舌突っ込まれるなんてこっちも思ってなくて仰天して」  「ディープキスは浮気に入る。不実を償え」  レイジがきっぱり言い切り俺を放す。嫌な予感に胸がざわつく。  続く言葉に不安を掻き立てられて固唾を呑む俺の眼前、レイジが意地悪くほくそ笑む。目配せにこめた意図を悟りぶんぶんと首を振る。  勢いを増して首を振る俺にのしかかり、低く命令。  「舐めろ」  「ぜってーいやだ」  「俺だって舐めてやったろ?聞き分けねーこと言うと嫌いになるぜ、ロン」  「頼んでねーよ。お前が勝手にやったんだろ」  「気持ちよかったろ?」  「よかねーよ」  男の物しゃぶるなんて冗談じゃねえ、想像だけで吐き気がする。  信念を譲らず首を振り続ける俺を睨み、恨みがましく愚痴る。  「……ホセには自分からディープキスとフェラしたくせに」  「キスは無理矢理でフェラは真似事だって言ってんだろ、ホセとの間にゃ何もやましいことなんてなかったんだよ!」  延々と続く押し問答に業を煮やして怒鳴りつける。  勢いに任せて怒鳴ってから何もやましいことなかったわけじゃないと後悔、気まずく黙り込む。少なくとも下半身裸で跨って入れようとしたのは本当なわけで、結果的に入らなかったにしろ過程だけ抜き出せば浮気と言えなくもない。  表情の変化に敏感なレイジが眼光鋭く俺を睨む。  「……俺のこと嫌いか」  「はあ?」  「やっぱホセのがいいんだろ。悔しいけどペニスの大きさじゃアイツが上だしアイツの方が体力ありそーだし、ホセに滅茶苦茶に抱かれて俺じゃ満足できねーカラダにされて戻ってきたんだろ。ならそう言えよ。俺よりホセのがいいんだろ、好きなんだろ?ホセの第二夫人、スペアワイフになりてーんだろ」   「ふざけんな、一夫多妻制反対派なんだよ俺は!俺がほんとに好きなのはっ……」  「じゃあ何でホセにはできたことが俺にできねーんだよ。愛情の差以外に納得できっか」  レイジの表情が険悪になる。  言い逃れは通用しない。俺が一夜の気の迷いでホセに身を委ねたのは事実なのだ。フェラチオも本当にやろうとした、俺がホセのペニス咥えずにすんだのは直前に邪魔が入ったからだ。もしレイジが止めに入らなきゃ俺はあのままペニスをしゃぶっていた。  レイジが唇の端を捲り上げて嘲笑する。  「ホセのモンはでかかったか、ケツに入れて満足したか。可愛いお口で一生懸命しゃぶってやったんだろうが、喉の奥まで咥えこんで咽そうになりながらよだれでべちゃべちゃにしてイかせてやったんだろうが。ロンはきっと俺のペニスじゃ物足りねーんだな、ホセのペニスが恋しいんだな。だからお口チャックしてぶんぶん首振って『ダメ、絶対』って拒否ってんだろ?そんなにホセのペニスが恋しいならアイツの愛人になっちま」  「~~~~畜生わかったよ、やりゃあいいんだろやりゃあ!!お前の言う通りフェラすりゃ満足なんだろ!?」  ヤケになって吠える。  ねちねちねちねち嫌味ったらしいレイジに自制心が振り切れた。  レイジが瞬き一回、食えない笑みを上らせる。  「できるもんならやってみろ」  「吹かしてろよ。五分以内にイかしてやるよ」  不敵に微笑むレイジに中指突きたてる。  売り言葉に買い言葉は俺の悪い癖だ。レイジが雄雄しくそそりたったペニスを突き出して唇に先端を当てる。  固く目を閉じて心の準備を整え、口を開く。  すかさず唇の隙間に先端が割り込んで前歯に当たる。  猛烈な吐き気と戦いつつ、さんざん躊躇した末に噛み合わせを緩めてペニスを含む。  「!あぅぐ…………、」  拒絶反応が起きた。  胃袋がぎゅっと縮こまり喉元に苦い胃液が込み上げる。  口腔に溜まった唾がペニスに絡み付きぐちゃぐちゃと卑猥な音をたてる。割り箸に水飴を絡めてくみたいだ。気持ち悪い。何とも表現しがたい生臭い味がする。仄かに塩辛い汗の味とほろ苦い上澄みの味が唾と一緒くたに口腔で溶け合う。  「ん、ふ、ううぅぐ」  俺はただ必死にペニスを頬張る。  レイジのペニスは大きすぎて三分の一しか口に入らない。生理的嫌悪が膨れ上がり嘔吐の衝動が激しくなるもきつく目を閉じ行為に没入ひたすら耐える、耐え続ける。  「飴でもしゃぶってんのか」  涙の膜が張った目をうっすら開く。  レイジが顔前に立ち塞がる。根元に手を添えてペニスの俺の口腔に導き入れて、腰を前後に揺さぶって快感を高めている。レイジには笑みを見せる余裕さえある、俺の舌遣いが飴しゃぶりみたいだと皮肉って性格の悪さを見せ付ける。  負けてられっか。  胃袋を締め上げる不快感を圧して対抗心が燃え上がる。  懸命に舌を動かしペニスに這わすその傍ら、ペニスの根元に手を添えてゆっくりとしごく。   「んっ………」  レイジがほんのかすかに良さそうな顔をする。  そうか、フェラチオの時は手と舌を一緒に動かすのか。  そういえばお袋も口を窄めて膨らませる呼吸に合わせて忙しく手を使っていた。記憶の中のお袋を真似て、緩急付けて手を動かす。竿を両手のひらで包み込み、体液を刷り込むように丁寧に摩擦する。  だんだん要領が掴めてきた。吐き気も次第におさまってきた。  俺はただ口一杯にペニスを突っ込まれてじゃぶじゃぶ抜き差しされる苦しさに喘ぐばかりで、一秒でも早くレイジをイかせてラクになりたいとそればっかりで雑念に囚われる余裕がなかったのだ。  「………初めての割にゃ結構上手いな。やっぱホセとヤってたんじゃねーか」  「ちが、うよ。お袋とお前手本にしてんだよ……」  男の名誉にかけて反論すれば、納得したんだか疑ってるんだかどっちとも付かない憎らしい表情でレイジが笑い飛ばす。  それからすぐ「集中しろよ」と俺の前髪を掴んで乱暴に揺する。口の中でペニスが膨張する。レイジの息が少し上がり始め目尻が色っぽく上気する。  「気持ちいいか?」  片手でペニスを支え、フェラチオの合間に聞く。  「………手抜きすんなよ」  「不覚にも俺の舌遣いで感じちまって悔しいんだろ」  レイジが不快げに押し黙る。その顔は図星。  なんだか愉快になってきた。奉仕を強制されてると思うからむかっ腹立つわけで、考えようによっちゃ俺がレイジを追い上げてるのだ。  レイジの首が仰け反り、撓る。  助けを請うように悩ましい表情。   「……………!んっ、」  下半身がずくんと脈打ち、熱いうねりが生じる。  気持ち良さそうなレイジを上目遣いに見てるうちに勃っちまった。  「もっと音たてろ。喉の奥まで咥え込んでぐちゃぐちゃしゃぶれ。子猫みてーに舐めてるだけじゃいつまでたっても終わんねーぞ」  「んは、ふくぅっ………あぐぅ」  俺の顎はヨダレでべとべとだ。顎が外れんばかりに大口開けて一回り膨張したペニスを咥え込む、亀頭の割れ目にちろちろ舌先を踊らせる。唾液に濡れそぼった竿を緩急付けて手のひらでしごく。そろそろ息がもたない、酸欠で頭がくらくらする。  疲労に霞む目を凝らしてレイジを仰ぐ。  「イきたいか?」  扇情的な姿態を見せるレイジに意地悪く質問する。  「イくもんか」  レイジが無理を強いて笑う。我慢比べ。俺が酸欠で音を上げるのが先か顎が外れるのが先か、王様がイくのが先かの持久戦。  不敵な受け答えに反感がもたげて前にも増して激しくペニスにむしゃぶりつく、ミルクを搾り取ろうと夢中で舌を絡めて吸引する。唾液を捏ねる音が淫猥に響く。レイジの膝が萎えて崩れ落ちそうになる。  「っは、ロン、ちょっ待っ……腹ぺこ猫みてーにがっつくなよ……」  待つもんか。息も絶え絶えの制止を振り切りラストスパートに入る。あんぐりと口を開け唾液に塗れたペニスを頬張る、竿に手を添えて律動的に出し入れする。それが絶妙な刺激となってペニスがまた膨らんで不規則に痙攣し、そしてー……  「!?んぐぅう、ん!」  慌てて出そうとしたが、遅い。  先端の孔から放たれた白濁がまともに顔にかかる。口ん中にも少し入った。青臭く生臭い匂いがあたりに立ち込める。独特な精液の匂い。  顔を濡らした白濁を手の甲で拭き取り呼吸を整えて、ベッドで粗相した王様を不敵に見上げる。  「………ほら見ろ、俺の勝ちだ。思い知ったか、自信過剰の王様め」  挑発的に中指立てる。俺の顔に精液ぶちまけたレイジが悔しげに歯軋り。  「………制限時間オーバーだ」  「五分でも六分でも大した違いねーだろ、往生際悪いヤツだな。自分が負けたって素直に認めろよ。『ごめんなさい、参りました』はどうした?俺にイかされてぶさまを晒した手前土下座するのが礼儀じゃねーか?さんざんホセとの浮気疑って言いたい放題ケチつけやがった癖になんもなしで済ますつもりかよ、調子いいな」  「この野郎……」  レイジの目つきが凶暴さを孕む。  喉の奥で威嚇の唸りを発するレイジ、その表情から瞬時に怒りが消し飛ぶ。急すぎる表情の変化に当惑、目を瞬く俺の方にレイジがずいと寄ってくる。ベッドに手足を付いてにじり寄ってくるレイジ、その迫力に圧されてあとじさる。  「図星さされて怒ったのかよ?なんだよ、本当のことじゃねーか。俺はホセに抱かれてもねーしフェラしてもねーのにそっちがさんざんケチつけたんじゃねえか、あげくフェラまでさせられてザーメンに顔にぶっかけられて気分最低だ。責任とって土下座……」  声が尻すぼみに萎える。  後退を続ける背中がベッドパイプに衝突、鈍い衝撃を感じる。レイジが俺にのしかかりおもむろに手を伸ばす。  ぶたれる。そう錯覚して目を閉じるが、予期した衝撃がいつまでたっても訪れず、おそるおそる目を開く。  褐色の手が頬を包んでいる。  「………悪ィ。怪我させちまって」  「怪我?」  レイジの一言で頬の擦り傷に思い至る。  ついさっきサーシャに切り裂かれた痕。頬の薄皮を切り裂かれただけで大事には及ばない、唾つけときゃ治る掠り傷だ。フェラ強制した時の傲慢な表情から一転、薄く血を滲ませた頬を慰撫する手つきは限りなく優しい。  「………大した怪我じゃねえよ。ほうっときゃ治る。もう殆ど痛くねえし」  「ちょっとは痛いだろ」  「うざってえなあ。こんな掠り傷ぐじぐじ気にすんなよ、それにまあ痕残ったって俺ならどうってことねーよ。お前くらい綺麗な顔してたらもったいねーかもしれねえけど俺なら返ってハクがつく、凱の子分どもに馬鹿にされることもなくなるし頬傷さまさまだ」  レイジの疑念を吹き飛ばすようにできるだけ軽い口調で冗談を飛ばす。レイジは無言で俺の頬をなでている。  辛気くさい雰囲気に嫌気がさす。  俺が怪我したのはレイジの責任じゃない、勝手に殺し合いにとびこんでった俺自身のせいだ。  展望台で活入れたのにコイツ全然変わってないじゃんかと内心辟易、改めて説教しようと顔を上げる。  「レ、」  レイジが俺の顔を手挟み、ぐいと正面を向かせる。  まともに目を覗き込まれる。心臓が強く鼓動を打つ。  頬を包む手の温かさが心地よい。  レイジの唇がそっと頬に触れ、舌が傷口をなぞる。  頬に走った傷跡を上から下へ丹念に舐め上げて、最後に舌先を巻き上げて血の玉をすくいとる。  白濁した精液と赤い血が混ざり合い、舌の上で薄赤く滲む。  「やめろよ、くすぐってえ……」  じれったく身をよじる。  レイジはやめない。  俺の顔をしっかり手挟んだまま、母猫が子猫の毛づくろいをするように顔じゅう余さず舐める。子猫の目脂を掃除するみたいに瞼に貼り付く粘着物を舐め取り軽やかに睫毛をついばみ、涙袋の膨らみに舌を這わし、頬に散った白濁を一滴残さず啜り上げる。  くすぐったい。  レイジに促されるがまま顔を傾げて後始末に付き合えば、不穏な呟きが落ちる。  「………誰にも渡すもんか」  顔の白濁を綺麗に舐め取り、レイジが囁く。  「ホセにも誰にも渡すもんか。お前にフェラさせていいのは世界に一人俺だけだ、お前を抱いていいのは世界に一人俺だけだ。お前と一緒にいるためなら手段を選ばない、変態所長に鞭打たれ束縛されてもお前と離れ離れになるよか遥かにマシだ、お前を失って独りぼっちで生きてくよかずっとマシだ」  その声があんまり切羽詰ってて不安になる。  ぎこちなく背中に手を回しレイジを抱擁する。  レイジを落ち着かせようと一心に背中をさする間も独白は続く。  「俺は痛みには慣れてるからサーシャに片目抉られても所長に鞭打たれても大した事ねえやって笑い飛ばせる、けどお前がいなくなったら笑えない、絶対笑えない。だから殺せない。所長を殺したらまず間違いなくお前と引き離される、おしまいになる」  レイジが俺を抱きしめる。呆然とベッドに座り込んだ俺は、悄然とうなだれたレイジの耳元で断言。  「おしまいになんか、させねーよ」  おしまいになんかさせるもんか。  力強くレイジを抱きしめる、今この瞬間だけは世界中の誰にもコイツを傷つけさせないと決意を込めて。  所長からサーシャから世界中の敵からコイツを守る、不可能でも守る。身も心も守るのが不可能ならせめて心だけは守り抜く。  レイジの心を守れるのは世界にひとり俺しかいない。  「…………サンキュ」  レイジが体重をかけて凭れかかってくる。正直、重い。いつまで甘えてんだ、いい加減離れろと突き飛ばそうとした……  瞬間。  「そんじゃ続きすっか」  「!?」  こめかみを冷や汗が流れる。  視界が反転、押し倒された背中がベッドで跳ねる。   「ホセに聞いたぜ。『ホセとは何もなかった』なんてよっく言うぜ、下半身裸でホセの膝に跨っていやらしく腰振ったくせに。ホセが背面座位なら俺は対面座位だ、お前が泣こうが喚こうが膝に抱っこして下から貫いてやるよ」  「泣き落としで騙すなんざ卑怯だぞ、おもわずほだされちまったじゃねーか!!」  「対面座位の前に正常位のおさらいだ、ベッドでも戦場でも基本を踏まえるのが肝心肝心っと。こちとら一週間お預け食らって溜まってんだよ、満腹になるまで付き合えよ。展望台で乳繰り合い見せ付けられて一週間むらむらしてたんだ、俺を欲情させた責任とれ」  「お前が勝手にさかってるんだろうが、万年発情期のけだものめ!」  手足をばたつかせる俺をやすやす押さえ込み、上着の裾をはだけて手を入れる。  こうなったらもうおしまいだ、絶対的な体格差はいかんともしがたい。俺にはまだまだ聞きたいことがたくさんある。一週間ものあいだホセと何話してたのか何してたのか、ホセの依頼を蹴って本当にいいのか……でも結局それらを問いただす前にレイジに口付けされて頭がぼうっとして全部うやむやになる。  ああまた流されてるなと忸怩たるものを感じつつも体の表裏をまさぐる手や唇がもたらす熱が思考を塞き止めて理性を散らして、もっと気持ちよくなりたいと浅ましく快楽を求めだして  「愛してるぜ、ロン。だれを抱くときより抱かれるときよりお前を抱くときが最高だ」   欲望に火が付いたレイジが、噛みつくようなキスをした。 
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