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「言っておくが、こうなったら逃げるのはオススメしないぜ。カーチャンはこのコロニーの全機能を掌握している。この意味分かるだろ?」
「絶対につかまるってことか……そもそも俺は……逃げないよ。その……借りができたし」
ユーリは力なさげに笑った。
「家族として当然のことをしたまでだ。お前からしたら……ごっこ、かもしれないけど」
ユーリはしばらく黙っていた。
何度か唇を動かし、でも言葉が出ない。
苛立つように唇を噛む。
気長に待っていると、ユーリはうつむいたまま、小さく息を吐いた。
「怖かったんだ。誰かを信じて、すがって……失うのは……だから否定した」
誰かを信じる。
親のことを言っているんだろう。
俺たちはガキだから、親を信じて、すがって生きるしかなかった。
どんなにみじめで、悔しくて、不可解で、理不尽なことが起こっても。
ガキにとって、親は世界なんだ。
世界に逆らえる訳がない。
捨てられて、泣き腫らした目で見た世界がどれだけ残酷だったか。
思い出すだけでヘドが出る。
「ここにいるヤツらはみんな分かってるよ」
「でも……フィデリオが戦ってる姿を見て……努力したいと思った。ごっこなのに……意地張って、ボコボコにされて、歯まで飛んでいってさ。はは」
「笑うなっつーの!」
ユーリは再度息を吐いた。
「でも……許してもらえるかな?」
ユーリは俺たちがやったことを理解していた。
だから心配もあるんだろう。
ま、カーチャンのことだ。
最終的には許すだろうけど、ガミガミは言われてゲンコツもあるだろうな。
カーチャン、肉体がないからお手製のゲンコツ・マシーン登場だ。
これまでと打って変わり、心配そうに眉を下げるユーリを見ていると、何だかからかいたくなってくる。
俺はとびきり険しい顔を作って言った。
「カーチャン、こういうのには厳しいからな。腕一本は取られるだろうな。俺の左腕も懲罰でもっていかれたし」
嘘だけど。
嘘つきは泥棒のはじまり。
「マ、マジかよ。俺、どうすりゃいい? ただでさえ片腕ロボットだってのに、もう一本はキツい」
ユーリは信じていた。
血の気が失せた顔には冷や汗が流れてやがる。
バカだこいつ。
肩が揺れてしまいそうなのを必死に抑え、俺は続ける。
「そうだな……お前口悪いから敬語覚えろ。誠意が伝わる」
「お、おう」
いや、俺も口は悪いんだけどな。
ユーリのヤツ、切羽詰まって気づいてねぇ。
どんだけバカなんだ。
「あと、その長い髪切れ」
「そんなんでいいのか?」
「そんなんでいいんすか? だろ」
「う……そんなんでいいんすか?」
「はは、いい感じじゃねぇか! 反省の色を見せれば許してくれるかもな。岩塩の採掘も手伝えよ。それからエメラを手助けできるように料理も覚えろ」
「チッ、多いな……借りがあるから仕方ねぇか。分かった」
「分かったっす、だろ?」
「分かったっす。うぅ……敬語って難しいな」
ユーリが言われるがままに本当に髪を切って、料理とかできるようになって、間違った敬語を覚えたまま大人になっちまう未来を想像すると笑えてくる。
まさかそこまでバカじゃないだろうけど。
俺は痛む腹を押さえた。
笑ってしまうのを堪えるので精いっぱいだ。
「どうしたっすか? 体が揺れてるっすよ」
「いや……打たれたことらが痛くて……さ」
こんな俺たちでも、ごっこを続けていればいつかは本物になれるかもしれない。
嘘つきは泥棒の始まり。
ごっこは本物の始まり。
そんなバカな話が本当にあるのか分からない。
けれど。
ユーリと少しは仲良くなれた。
もうそれだけで、俺は嬉しかった。
今はそれだけでいいのかもしれない。
カーチャンが待っている。
俺たちは小突きあいながら――。
じゃれあうイヌとネコのように、ヨロヨロしながら――。
ゆっくりと人工照明に照らされた道を歩いた。
了
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