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「フィデリオォオオッ!」  ザンキの呼び声が響き、俺は振り下ろしたツルハシを止めた。  振り返ると五十メートルほど離れた採掘スポットで、泥だらけのザンキが手を振っていた。  ザンキは最近、十三歳の誕生日を迎えたが、体が痩せ細っているせいで、まるでそうは見えない。遠くから見るとマッチ棒の人形だ。 「ザンキィイイイッ! どうしたぁあああ!」 「結構掘り進んだんだけど! こっちはダメっぽいねぇええええッ!」 「そうかぁああああッ!」  どうやら今回の穴掘りも失敗らしい。  だが、弱音を吐いている暇などない。  俺は額の汗を拭うと、再び重いツルハシを振るった。  このコロニー――「アルファビル」は幸いなことに、ラビリンスでは宝石より価値がある「塩」を採掘できた。  俺たちは月イチで訪れる行商人に塩を渡し、代わりに食料や水を受け取った。  ガキ相手なので、足元を見られてはいるだろう。だが、自給自足できないうちのコロニーじゃどうすることもできない。 「次はあっち掘ってみるねぇえええええッ!」 「おう! 頼んだッ!」  更に、ここ数カ月で大きなスポットを堀り尽くしてしまい、採掘量はめっきり減っていた。  エメラの報告だと食料は切り詰めても残りあと一か月分。  新しいスポットを掘り当てるのにも人手が必要だが、コロニーの住人は全員合わせても三十人といない。  しかも、最年長でも俺の十四歳。  十歳にも満たないガキどもに仕事をさせる訳にもいかないので、まともに動けるのは俺と十三歳のザンキくらいだった。  下手を打てば二か月後には全員――餓死。  イラ立ちと焦りに駆られてツルハシを振るっても、出てくるのは土と岩だけ。頭がおかしくなりそうだ。  俺は雑念を払う為、土掘りに没頭した。  泥と汗が跳ね、岩を砕く音が響く。  アルファビル・コロニーに住むガキどもの生活は、控えめに言ってもクソ&クソってことだ。こんちくしよう。  何も考えない方が気持ちが楽だ。無心でツルハシを振っていると、いつの間にか昼を知らせるチャイムが響き渡っていた。 「ようやく飯か……」  汗を拭っていると、駆け寄ってくるザンキが見えた。  合流したザンキは、開口一番、大きなため息まじりの悪態をついた。 「こう何も出ないとほどほど嫌になっちゃうよねぇ……」  ここ数日の成果はゼロ。  掘っても掘っても土ばっかりで、ザンキが悪態をつきたくなる気持ちも理解できる。  だから、同調しようと口を開いたが、その後の「大人がいればいいのにねぇ」というセリフを聞いて止めた。 「大人なんて信用ならねぇよ」 「そう……かな?」 「そうに決まってる。ザンキ、お前はこのコロニーが何て呼ばれてるのか忘れたのか?」  気づかないうちに口調が強くなってしまったのか、泥だらけのザンキが、怯える目でこちらを見上げていた。 「すまん、言い過ぎた」  そう、このコロニーはガキの捨て場だ。  だからガキしかいない。  親にぶん殴られ、怒鳴られ。  病気になって捨てられた。  そんなガキばかりだ。  あの目を――。  暗闇に沈む二つの目を、今も夢に見る。  腐った肉か、落ちて中身をぶちまけた卵でも見るような、あの目を。  大人なんかクソ食らえ。  俺は嫌な思い出をかき消すように、心の中で吐き捨てた。  不意にグローブPCの着信音が鳴り、目の前にホログラムが表示された。  カーチャンだ。 「あんたたち、昼ご飯ができたわよ」 「カーチャン! ねぇねぇ、今日は何?」 「ザンキの大好物、カレーよ!」 「やった! 急いで戻るねぇ!」  カーチャンは俺たちを育ててくれた恩人で、アルファビル・コロニーの統治システムだ。  見てくれは大人の女だが、人間じゃない。  コンタクトで表示されている姿は、ホログラムのアバターで、その実態はスーパーコンピューターのAIなのだ。  人工知能がガキを育てているなんて、事情を知らない他人から見れば、頭がイカれていると思われるかもしれない。  でも、俺たちにとっては「普通」だった。  腐れた大人たちと比べれば、AIのカーチャンの方が何倍もマシだった。  いや、比べるだけでも失礼ってもんだ。 「ザンキ、左脚はどうだ?」 「うん、だいぶ慣れてきたよ。機械の脚、カッコイイね」 「だろ? 俺らのカーチャンはすごいんだぜ」  アルファビルは手足のないガキが多い。  病気になって切り落とすしかなかったり、事故で失ったり。  戦争を繰り返してるコロニーじゃ、地雷で脚を吹き飛ばしたガキなんざゴマンといる。  俺の身体は左腕――肩からごっそりが機械だが、マザーが造ってくれた最高の腕だ。  隠し武器を入れられるし、将来はロケットパンチを仕込んでくれるって約束もしてくれた。  だから俺たちは敬意をこめて「カーチャン」と呼ぶ。  俺はカーチャンからもらった左手でエレベーターの方角を指さす。 「ザンキ、エレベーターまで競争だ!」 「おっし、負けないよぉ!」  カーチャンのラボは崖の上にある。  俺とザンキはラボに向かう為、ロングスパンエレベーターに乗り込んだ。  ザンキは昼飯のカレーがよほどうれしいのか、エレベーターに乗っている間も小躍りし続けていた。 「そういや、あの人……今日も手伝わなかったねぇ」  あの人……パーカーのフードを被った赤毛の憎たらしいガキを思い出す。 「ユーリか? そうだな。俺からもう一度話しておくよ」 「せっかく年長組が増えたと思ったのに、やる気なしじゃ意味ないよねぇ」 「まぁな」  ラボにつくと年長組の女子エメラやボビットが食事の用意をしていた。  ドラム缶の上に木の板を敷いただけのテーブル、ブロックを積み上げた椅子はボロっちぃしちょっと汚ねぇが、妙な愛着がある。 「あんたたち、シャワー浴びてきなさい! 特にフィデリオ、あんたどんだけ泥被ったのよ!」  エメラは俺と同じ十四歳で、家事全般を担当している。  カーチャンの影響か小うるさい女だ。  俺は「はいはい、分かったっての!」と吐き捨て、払うように手を振った。  シャワー室に行く前に、新入りの丸まった背中が見えたので肩を叩く。 「おい新入り、飯には来るんだな」  新入りのユーリは俺と同じく十四歳の男で、同い年には見えないくらい痩せて小さい。  まともな飯を食わされていなかったのだろう。  下手すると一個下のザンキより小さく見えた。 「うるさい。俺に触るな」 「おー、こわ」  ユーリはいつもパーカーのデカフードを深々と被っていた。  周囲を拒絶する長い前髪に隠れる「目」は、異様なほどに鋭い。  子供が捨てられる列車――通称「ベビーカー」は、様々なコロニーに設置されている。  そして、そのどれもがこのコロニー――アルファビルに繋がっている。  ユーリがベビーカーに乗せられ、このコロニーにたどり着いたのはつい一カ月前だった。  電車に横たわるユーリの身体は、これまで見てきたガキと比べても特にひどかった。  どんな経緯があってそうなったのか、未だに分からないし聞くつもりはないけれど。  右腕は肩から、左脚は腿から機械に取り換える大手術だった。  役立ったか分からないけど、俺もカーチャンの助手として手術に参加した。  それなのに恩義なんか微塵も感じちゃいない。  俺たちどころかカーチャンにもひどい態度だ。  飯はちゃっかり食いに来るくせに。 「明日は仕事を手伝えよ」 「チッ。何で俺が……」 「働かざる者食うべからず」  ユーリは苛立ちを振り払うように、勢いよく床を蹴って立ち上がった。 「ごちゃごちゃうるさいヤツだな」 「やんのか?」  にらみ合う俺たちをなだめたのはカーチャンだった。 「はいはい、二人ともそこまでよ。ご飯は楽しく! フィデリオは早くシャワー浴びてきなさい!」 「たりー」  俺は吐き捨ててシャワー室に向かった。  俺はユーリが嫌いだ。  俺たちだって幸福な人生を歩んできた訳じゃない。  不貞腐れたいし、反抗したい。  それができたら楽だ。  でも、俺たちは年長組。  小さいガキが頑張ってるってのに、甘えられる訳がないんだ。  そうだ、甘えるんじゃねぇよ。  ユーリ。
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