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02
その日の夜、俺は見回りで外を歩いていた。
夜といっても人工的に作られた時間区分で、カーチャンが照明を調整するだけなんだけれど……。
それでも一日のサイクルがあるのは助かる。
生活にメリハリがあるし、何っつーか健康的だ。
アルファビルは大昔に流行った乗り物「電車」の捨て場でもある。
巨大生物がラビリンスを支配するようになり、電車はすたれた。
結果、アルファビルは使われなくなった電車が捨てられ、山を築くようになった。
こいつらも俺らと一緒なのだ。
廃棄された電車が重なり合い、山を築く様はまるで城のようだ。
その電車のいくつかに子供たちが住んでいた。
「F120はザンキ組、C64はエメラ組……どっちも大丈夫そうだな。あそこは……」
俺は新入り「ユーリ」が住む外れの電車に向かった。
車内を覗き込んでみると、ユーリが水の入ったポリタンクを車両奥の収納スペースに入れているところだった。
明らかに配布している水ではない。
水や食料をほとんど自給できないアルファビルにおいて水は貴重な資源だ。
採掘した塩はコロニーを訪れる商人と水か食料に交換し、子供たちで分け合って生活している。
助け合わなければ生きていけないのだ。
「その水、カーチャンのところに持っていかないのか?」
丸まったユーリの背中がピクリと動いた。
ユーリはゆっくり振り向いてこちらを見ると、バカにするように鼻で笑った。
「ハッ、持っていく訳ないだろ」
「たまには力になってくれよ。俺ら家族なんだから」
家族。
こんなやつに使いたくない言葉だけど――。
うまくノセてでも利用してやる。
俺たち子供たちが生きていくにはそういう方法しかないんだ。
それが生きるということだ。
「家族? 笑わせんじゃねぇ。俺はその家族に捨てられたんだ。お前だって俺を労働力としてしか見てないだろ」
「そんな目で見てないっていったらウソになる。けど、それでいいじゃん。お互いを利用して、それで生きられるならさ」
「俺は誰にも期待しない。一人で生きる」
俺だって他人に期待なんかしていない。
そう答えそうになって口をつぐむ。
心の奥底ではユーリが言うことは理解できる。むしろ、言う通りだとさえ思う。
じゃあ、何故俺は子供たちの面倒を見る?
俺は何の為にこんなことやってる?
肉体労働やリーダーなんて向いてないくせに。
大人ぶって、泥ばっかかぶる。
泥と汗で汚れた指先に目を落とす。
何故?
そう自問すると即答できない。
自分でも分からなくなる。
日々生きるのに精いっぱいで、考える時間なんてなかった。
「自分でも分かってねぇって顔だな」
「……お前には分かるのかよ?」
ユーリは俺の目をジッと見たまま、ぴくりとも表情を変えずに言った。
「お前は誰かに必要とされたいんだよ。お前の優しさはお前自身の為のものだ。誰かの為じゃない」
「……」
横っ面を殴られた気分だった。
言い返せなかった。
その通りかもしれない。
そう思わされた。
何故なら、俺は親から「いらない子」として扱われ続けた。
ゴミを見るような目で見られ、食事のパンを床に投げられたこともある。
家の掃除をしていないという理由で殴られた。
罰と称して真冬の外に放り出された。
いつの間にか、親は帰ってこなくなって。
それでも俺は待って。
不衛生な環境だったからか、変な病気で手足が黒くなっていった。
気づいたら、誰かに運ばれて列車に乗せられていた。
運んでくれたのは、近所の爺さんだったかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
生まれてこのかた、誰かに必要とされてきたことなんかない。
だから、俺は……。
冷たく震える手をごまかすように、強く拳を握る。
「今日は帰る……。明日は仕事、手伝えよ」
動揺を悟られないよう、絞り出した声は、少し上ずっていた。
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