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03
その日もカーチャンのラボはうるさかった。
年少組が騒ぎたて、エメラたち年長組が追いかけまわし叱りつけている。
こうもガキが多いと、うるさすぎておかしくなりそうだ。
ま、元気なことは良いことだけどさ。
俺は今にも崩れそうな木製の椅子に尻を預け、紙パックの牛乳を一気に飲み干した。
「どしたん? フィデリオ? 元気ないじゃん」
子供たちの相手をしていたエメラが、そばかす顔を近づけてきた。
バカ丁寧に編まれた金色のおさげが、目の前で揺れる。
「何でもねぇよ」
「うっそだぁ」
「うざいなぁ。何ニヤニヤしてんだよ?」
「フィデリオはいっつも大人ぶってるから無理してんじゃないかって心配してんの」
「大人ぶるって……つか、そのニヤケ顔で心配だって?」
「心配もあるんだけど、安心もしたの。フィデリオでも、そうやって態度に出すときがあるんだって」
「あのな、別に無理なんて……」
「そういうときは、周りを頼りなよ」
俺は顔を向けず、視線だけでチラリとエメラの顔を見た。
さっきまでのニヤけ面は消え、心配そうに眉を下げている。
まったく、表情がコロコロ変わるヤツだ。
「違う……別に無理してる訳じゃない。ただ……」
「ただ?」
それから先は、すぐには言葉が出なかった。
何だかカッコ悪いことを言おうとしている気がしたからだ。
けど――エメラがどんな反応をするのか気にもなった。
そんな言い訳を思い浮かべながら、独り言のように小さな声で吐き捨てる。
「俺、もしかしたら誰かに必要にされたいから頑張ってるんじゃねぇかって……結局、自分の為なんじゃないかって……」
「あー、分かった。ユーリに言われたんだ?」
エメラの心配そうな顔がまたニヤけ面になった。
ムカつくな、言わなきゃよかった。
「……」
「それでいいんじゃない?」
茶化されると思っていたので、不意の本音に驚いて、反射的に答えてしまう。
「いいのかよ」
「いいに決まってる。だって、わたしたちはまだ子供だよ? 何かを求めるのが当たり前でしょう? それに、あなたの為って言う大人で、まともなヤツいた?」
「……はは、違いねぇ」
「少しは気が楽になった?」
「さぁ」
――分からないふりをしつつも、本当は気が楽になっていた。
エメラはガキどもに呼ばれたらしく、慌ただしく走っていった。
面と向かって言うのは恥ずかしいので、心の中で礼を言っておく。
『はいはい、年長組のみんな集まりなさい! 年少組はエメラが見ておいてくれる?』
「はーい、お母さん。ほら、年少組はこっちよ」
カーチャンが手を叩くと年長組の子供たちが周囲に集まって座った。
年長組とはいっても十二歳以上。
ザンキと俺、後は五人しかいない。
カーチャンはいつになく真剣な目で俺たちを見渡した。
『コロニーに危険なハッカーが近づいてるわ。人数は一人。エガルドヒー・ザムというハッカーよ。ブッダ・ブカに向かう途中でうちのコロニーを横切るみたい』
「ハッカーだってよぉ、フィデリオ。すげぇなぁ!」
『こら、ザンキ、私語は慎みなさい』
「へぇーい。それで……そのエガルドヒーって人は何をやった人なの?」
『水を大量に奪ったみたいね』
「水! すげぇ!」
伏せてはいるが賞金額から恐らく人も殺している極悪ハッカーだ。
カーチャンがいつになく真剣なのもうなづける。
カーチャンは興奮するザンキを無視して話を続ける。
『悪いことをしているハッカーだから絶対に接触しちゃダメよ。このコロニーには立ち寄らないと思うけど、万が一もあり得るわ。フィデリオとユーリには出入口付近で監視をお願いできる? ……ってあれ、ユーリはいないのね』
「ユーリには俺から伝えておく」
『それじゃあ、ユーリの件はフィデリオお願い。他の年長組は見回りをお願い』
「はーい!」
『うんうん、よろしい。みんな、愛しているわよ』
「きもーい!」
「うぜぇ!」
バカみたいなやり取りを見ていて、ついつい噴出してしまった。
何だかんで愛されてるじゃん、うちのカーチャン。
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